ターマーエッセイ

ちょっと、エッセイのコツが分かったかも。

鉢呂議員の「ゴーストタウン」「放射能つけちゃった」発言と人々の「くらし」について

前回は意味不明な

文章を書いてすまん。

 

書きたいことが

うまく表現できないんだな。(笑)

 

だからああいう形に

なってしまう。

 

今回は大丈夫。

面目躍如といったところ。

 

 今は、また政治がにぎわっている。

 

政治がっくん徒なら

ここで、同じようにのっかって

小池都知事は~だ」とか

やってもいいんだけど

それは、他の方々に任せる。

 

それよりも、私の関心事は

鉢呂議員にある。

 

今彼が何をしているかは知らない。

 

ただ、3・11が起きた後

彼は自分の問題発言により

大臣(たぶん、復興大臣)を

降りざるを得なかったのを最近思い出し

この「政治家の発言とはなんなのか?」

問題について考えてみたくなった。

 

彼の問題発言というのは

被災地の状況を見て「ゴーストタウン」

といったことや、ある人に対して

放射能つけちゃった」という発言をした

という、「メディア」の記事である。

 

これは今でも、鮮明に覚えている。

どうしてそんなことを言ったのか?

という意図よりも

これは、この人だけの問題ではない

と考えていた自分がいた。(たしかw)

 

というのも、「ゴーストタウン」というのは

自分の経験にひきつけて考えてみると

私が知っている多くの場所は

被災地に限ったことではなく

「ゴーストタウン」に近い場所だったからである。

 

おそらくは、彼の言葉の「軽さ」が問題

だったのであって、私の解釈は間違っているんだろうけど

当時の私は、「自分たちの住んでいる場所が

ゴーストタウンだと言われ、イラついたのでは?」

と考えた。

 

事実、都会だけでなく田舎も

イベントなどを除けば

その土地の「暮らしぶり」が

分からない土地が多い。

 

私はその当時から人々の「暮らし」について

問題意識を持っていたので

(抽象的なので、またあとで説明する)

その土地に入っても

「暮らしぶり」が感じられないことに

とてつもなく、違和感を感じた。

 

どうして、林の道の途中で

「なぞなぞを出すおばあさん」は

いないのだろう?

 

どうして、道の真ん中で、秋刀魚を楽しそうに

焼いているおじいさんが

いないのだろう?

 

どうして、こんなにも、周りの人は

仕事ばっかりで、「暮らし」よりも

利便性・効率性・お手軽・楽を

求めるのだろう?

 

そういう疑問がある以上

街を見る目は変わっていった。

 

「コミニュティとか都市政策学とか

色々あるけど、そんなことよりも

住んでいる人達の【くらし】が

大事なんじゃねーの?」

 

私にとって「くらし」というのは

一言でいうと「生活感」。

 

その人が「生きて暮らしているんだな」

と分かることである。

 

もしかすると、それは人にとって

「仕事」なのかもしれないけど

私には、それ「だけ」なのは変、

だと感じる。

 

山へ柴刈りに、川へ洗濯に

という桃太郎の話があるように

その時代その時代

生活の流れがある。

 

それが「暮らし」だ。

 

それが今の時代、見えない。

 

それが私にとっては、悲しい。

 

 ガス・電気・水道。

 

どれも、私たちの生活には

なくてはならないのは確かだけど

そういうインフラをひいたことにより

それ「だけ」に依存して

生活していくことになった。

 

そのインフラは、家の中で完結し

決して外で人と人とが

自分たちの「くらし」を

「作る」ことをしなくてよくなった。

 

私が悲しく思っているのは

この点である。

 

何も、みんなで

「江戸時代の生活に戻ろう」

とか言いたいんじゃない。

 

そうではなく

周りの人がどう「暮らし」ているのか

分からない場所に

自分が住み続けられる自信がないのだ。

 

「プライバシーの問題もあるでしょ?」

 

もちろん、全ての場所で

「暮らし」ぶりが分かった方がいいとは

思わない。

 

だけど、自分の住んでいる場所や

これから住むかもしれない場所は

「暮らしぶり」が分かる場所であってほしい。

 

「ゴーストタウン」問題は

まだまだ浮上しないと思われるけど

上の世代の人達がボロボロと

亡くなり、暮らしがなくなれば

そこで困るのは自分たち。

(インフラの管理はAIに任せるのか?)

 

 その時に、ただ狼狽えて

何もできない男になるのか

緊急時に備え、丁寧に「暮らし」を

作っていくのか、随分変わるんじゃないかと思う。

 

「政治家の発言とは何か?」

問題には入れず、「くらし」の話題に変わり

終了してしまった。

 

ま、こういうのもありでしょう。(笑)

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カレーと炒飯、毎日食っていたら飽きるでしょ?

この話は引きこもりネタだ。

 

先に結論だけ言うと

「単調な生活で

つまらなくないですか?」

ということだ。

 

ひきこもり批判ではなく

「情報を一つのルートだけで

受け取っていませんか?」

という問題提起だ。

 

私の場合、生身の人から得る情報が

圧倒的に少なかった。

 

本やネット、TVといったものからしか

情報を得ていなかった。

 

「それでも、充分じゃないか」

と思う人もいるかもしれない。

 

あなたが充分だと思うなら

それで充分なんだけど

私はそうは思えなかった。

 

なにしろ、きちんと人と関わるまで

相対的、客観的、多角的、多面的などの

言葉を知らなかったし

知っても意味が分からなかった。

 

「なんだ、それ。食えるのか?」

ととぼけた表情で考えていたものだ。

 

そんな私だから、病で伏せるまで

その言葉の意味も分からなかったし

生身の人から得られる情報にも

価値があるなんてことは

考えもしなかった。

(本当はどこかで分かっていたけど

腹の底では抵抗があったのかもしれない)

 

でも、今は思う。

「相対的ってこういうことか・・!」と。

 

ところで

昔は楽しかった少年時代を

送ったことがある自分。

 

その時は、色々辛いこともあっただろうけど

小学生の時が楽しかったと思っている。

 

しかし、その後の人生を見ると

「なんだか、ぱっとしない」

人生を送っている。

 

「この違いはなんだ?」と考えた時に

答えは自分の経験でいえば

一つしかなくて

「生身の人に対する興味」が

なくなっているということに

気づくのだ。

(これは今書いていて

そう思った)

 

今思えば、あの頃から病んでいたのだ。(笑)

 

そのことについて考えると

「人と深く関われない」ことが

自分にとって、大きな課題に

なっていることに気づく。

 

こういうと誤解がありそうだから

付け加えておくと「深く関われない」

というのは人と「べったり」できない

ということではなく

お互いの「価値観」を「混じり合わせる」

ことができないということだ。

 

だから「人と深く関われなくても

別に問題ないでしょ?」

という人は、この話は意味がない。

 

話を戻すけど

自分にとっては「人と深く関わる」

ということが大きな課題だと

思っている。

 

まだ「傷跡」がいくつかあるし

それは、癒えているわけではない。

 

こういう人って、けっこういるんじゃないだろうか。

 

で、そういう人達って

その傷を必死で隠すために

「浅いつながり」で何とか

自分をごまかしているのではないだろうか。

 

そういう意味では、ツイッター

傷を負った人達の集合場所

みたいなものなのかもしれない。

 

その場所にいることは否定しないけど

その場所だけにいて、外に出ないというのは

いかがなものだろうか?

 

たとえば、昼飯にカレー。

夜に炒飯。

 

これが今日のメニューだとする。

美味しく食べる。

 

しかし、その次の日も

昼飯にカレー。

夜に炒飯。

 

その次の日も。その次の日も。

 

これは地獄じゃないだろうか。

(これを「カレー炒飯地獄」と呼ぶ)

 

どんなに美味しいものも

どんなに嬉しい・楽しい情報も

毎日、食っていたら飽きる。

 

だから、たまには外へ出て

外の空気吸って

大きな声出して

カラダくたくたにして

人と関わって

そういう時間を作ることで

少しずつ、少年期にあった

「人への好奇心」が回復していき

人生もより楽しくなるんじゃないかと

想像している。

 

そういえば、精神界隈では

「人への好奇心」っていうキーワードは

若干、避けられてる気がするけど

なんでなんでしょうかね?

(友達ができたらそれでよし、みたいな風潮)

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3・11と「死の予感」

 

 このテーマで文章を書くのは

何回目だろうか。

 

同じ展開になるかもしれないし

違う展開になるかもしれない。

(前書いた文章は

もう覚えてない)

まぁいいや。

 

3・11の時の実感を

正直に書いてみるよ。

(なるべく、個人情報バレないようにw

いやバレるな。)

 

 2011年。

 

3・11日。

 

東京圏内の大学に通っていた

わたしは、図書館で

エミールゾラの「居酒屋」を読んでいた。

 

「くそ、わけわかめだ・・」

と小説を読んで苦しんでいた矢先の揺れだった。

 

「な、なんだこの揺れ・・・」

心の中でそう思った。

 

私は地下の図書館にいたので

揺れの長さと強さが尋常でないことに気づき

一階へかけあがった。

 

すると、図書館の一階の

雑誌コーナーのTVがついており

福島の「原発」が映った。

 

今だからこそ、告白するけど

私はこの震災が起こるまで

原発」の存在を理解していなかった。

 

電力がどこから出ているかなんてのは

想像してさえいなかったのだ。

 

その原発が、見るも無残な形で壊れている。

 

これまた告白するけど

その時、とてつもなく興奮していたのも事実だ。

 

「何だか分からないけど

嬉しい・・・」

 

というのも、当時、大学の雰囲気に

ついていけず

「真面目に読書に励んでいる

自分がバカらしい」

と思っていたからだ。

 

ある授業のレポートがあった時も

「こんな幸福で浮かれている奴ら

津波にでも襲われればいい」

とさえ思っていた。

 

それが実際に起こったので

「おれは、神か!」とさえ

その瞬間思った。

 

 しかし、ふと我に返り

「これって、東京もヤバいんじゃ?」

と思い、不安になった。

 

周りの学生は、学内の大きなスクリーンを見て

じっとしている。

 

電車も止まっている。

 

私は直感的に感じた。

 

「ここにいてはいけない。」

 

私は覚悟を決め

そこから、できる限り

家の方向まで向かおうとした。

 

この際、私の脳裏にあったのは

クレヨンしんちゃんの「オトナ帝国の逆襲」。

 

「親にもらった足があんだろ?」

と野原ひろしが家族に言うシーンがあり

私はこれを思い出し(たぶんねw)

帰宅することを決めた。

 

ただ、問題は距離だ。

 

あまりにも離れている。

 

しかも道は分からない。

 

話がズレるかもしれないけど

その日、実は、哲学者の

中島義道」さんの「哲学塾」の日だった。

 

今は、閑静な住宅街の一室を借りて

学びの場を作ってやってるけど

私が、初めて行こうと思ったその場所は

東京の都心にあった。

 

私は、何を狂ったか

そこへ向かったのだ。

 

なにしろ、私の大学から

近いのである。

しかも「やっているわけがない」

とは思わなかった。

 

「誰かいるかも」

と思い、その場所に足を伸ばしたけど

(案の定?)誰もいなかった。(笑)

 

余震がまだあり、この時

私は「自分が死ぬかもしれない」

ということを肌身で感じた。

 

しかし、だからといって

そこでとまってはいられない。

 

ずんずんと歩いた。

 

その間、苛立って、人に舌打ちをする

サラリーマンもいれば

和気あいあいとグループで

この地震を楽しんで歩いている者たちもいた。

 

私は対照的などちらの姿も

目に焼きついた。

 

辺りを見渡してた所、自分が歩いている場所は

本通りから外れていなかったので、そのまま進んだ。

 

面白いことに、新宿までの道のりは

歩いている人達がいたので

ほぼその列についていけばよかった。

 

途中で出会いもあった。

 

道を尋ねると、すごくご機嫌に

教えてくれる警察官らしき人がいたり。

 

その時、同じく道を聞いていた

シューカツで、忙しそうにしてる人と

10分ぐらい、喋りながら歩いたり。

 

私は、人と関われる楽しさや

嬉しさと同時に、不安が続いていた。

 

「本当に帰れるのだろうか」

 

 結局のところ、問題なかった。

 

自分の地元から近い所まで

「歩いて」帰れた。

 

距離にして25キロほどらしい。

 

この震災で、一番感じたことは

「人と関係を断ち切ったままで

生きていくのは、無理なのでは?」

という問いであった。

 

その後、まもなくして

地元のキリスト教会と坐禅

半年ほどお世話になったのも

震災が大きなきっかけである。

 

この震災を通じて

どういうインパクトを

他の人が受けているのかは

知らないけど

私は、この震災を機に

「人との関係性」を

見直すことになったと思う。

 

それは、付き合う人

そうでない人を含め

自分を取り巻く人達の「胸中」

というか「思惑」について

考えをめぐらすことになったということ。

 

そして、それは

残念なことに

「東京は、非東京生まれの人が

作っている社会。

ろくな社会じゃない!。

もっといえば、明治時代の

薩長土肥の支配が続いている!」

という陰謀論まで

思考を飛躍させることになった。

 

 最後に、言っておくと

これも全て、私の「コミュニケーションの放棄」が

生んだ結果の「思考」である。

 

今更、何を言っても過去は変えられないけど

震災後、コミュニケーションを放棄していなければ

また別の人生があったかもしれない。

 

貴重な大学生活の時間。

 

たくさんの人と交流した方がいい、

とは経験からして言えないけど

少なくとも、人間関係の「全切り」は

オススメできない。(ほとんどの人はしないと思うけどw)

 

今の私は、視野が広いので

ある程度、人間関係がある場所に出向いて

人と交流できているけど

大学時代は、本当に

有吉流にいえば「バカがバリア張って」

生きていたとしか言いようがない。(笑)

 

「あいつらはバカ。俺は読書に励んでいるから優秀」

という風に、位置づけて

コミュニケーションを放棄していた。

 

いかに自分が「縦」の関係でしか

物事が見れなかったのかが分かる。

 

初めてワンピースの漫画を読んで感動し

自分が時代遅れの価値観にすがっていたか

気づくのに、震災から二年。

 

アドラー心理学を読み

「ワンピース」と「横の関係」という

共通点に気づくのに、数年かかった。

 

そして、その共通点に

気づいても対人関係に

踏み込めない時期があり

ようやく、最近になって

対人関係に踏み込めるようになった。

 

まだまだ、道半ばといったところ。

 

でも、最近はそのプロセスを

楽しめるようになったな。

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脳内検索ワード「あ~?」まで

暇なので(笑)

自分の脳内にある言葉を

リストアップしてみる。

 

できる限り、多く。

 

では「あ」から。

 

愛。アタマ。あからさま。

明日。合う。会う。雨。

諦める。あいつ。あんた。

天邪鬼。明るい。青。

赤。悪。明け方。アコギ。

欺く。味。鯵。アジテーション

足。葦。汗。暑い。当てる。

後。跡。穴。アナウンサー。

兄。姉。海女。アマチュア。網。

編。アムロ。飴。綾。鮎。

(残念ながら、私の思い出せる

「あ」の日常語彙はこれだけなので

辞書を見ながら付け加えていくw)

 

嗚呼。ああ言えばこう言う。間。

曖昧。相合傘。アイアイ。アプリ。

アイアン。相容れない。愛飲。

相打ち。相槌。合縁。愛煙家。

相方。相変わらず。合鴨。

合気道アイキャッチャー。

IQ。愛嬌。愛くるしい。

あいこ。愛犬。愛好。

愛国。アイコラ。合言葉。

アイコンタクト。愛語。

挨拶。愛車。哀愁。

愛読書。相性。愛称。

 

暇つぶしにならないので

終了wすいません。(笑)

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プルーストと記憶の部屋

三日に一遍ぐらいは

更新したいと思っている

たわし、でございますが

今月は10記事も

いかなかったのね。(笑)

 

まぁ、今の生活では

これぐらいでも

充分いいと思っている。

 

中には、一日一記事書いちゃう

ツワモノも(もっと書く人も)

いるんだけど

人は人。たわしはたわし。

ペースはいたずらに崩すものではない。

 

 ペースで思ったんだけど

人って、自分のペースが崩れると

何かしら、体調に変化がでる。

 

そして、ネガティブなこと

悪いことばっかり考えちゃう。

 

その時の「記憶」が鮮明であればあるほど

そこから抜け出せなくなる。

 

しかし、どうだろうか。

 

記憶というのは、そういった

暗い、トラウマのようなものだけが

自分を縛るのだろうか。

 

私はそうは思わない。

 

反対に、明るかった時の思い出

楽しかった日々の思い出も

また同様に、自分を縛る。

 

「あの時は楽しかったのに」

と小学生の頃を振り返る中学生は

現実に、いる。

 

そういう意味では、トラウマのような

ものであっても、思い出のようなものであっても

実は、どちらも「善悪」がないという点でいうと

同じものだと言える。(まだ腑に落ちていないけどw)

 

たしかに、トラウマも思い出も

現在、自分を縛っているのだとしたら

それは、同種のものだと言わざるをえないだろう。

 

 ところで、今説明にでてきた「記憶」。

 

実は、プルーストという作家が

「無意識的記憶」という言葉を言っている。

 

たとえば

食卓に出た

ある食べ物を食べた瞬間

昔の記憶を思い出すという仕組みのこと。

(自分の場合なら、卵豆腐を食べると

中学時代、ハンドボールの練習で

くったくたに疲れて、帰ってきた後に

食べた茶碗蒸しのことを思い出すw)

 

あるいは、村上春樹ノルウェイの森でも

印象的なシーンとして描かれているけど

飛行機に乗っている際に

ビートルズの曲が流れ

若かりし頃の記憶を思い出して

動揺して取り乱す場面がある。

 

で、ここからが本題というか

仮説なのだけど

こうやって、何かを思い出している時

実は、それが「意識」にのぼらないだけで

本当は、自分の中では様々な記憶が

呼び起されているのではないだろうか。

 

たとえば「雨」。

 

私たちは、雨が降っている時

「雨が降ってるな」ぐらいしか

思ってないし、考えていない。

 

だけど、実は、記憶の中では

今まで経験した雨×???日の

ストックがあって

それが、無意識の中では

うごめいているのではないのか。

 

あるいは「晴れ」の日の記憶も

同時に思い出している。

 

「そんなわけあるか。

現に、自分は、一昨日の天気でさえ

覚えているか怪しいんだぞ」

という人もいるだろう。

 

しかし、私から言わせれば

記憶というのは

「覚えている」とかそういうことではない。

 

記憶とは「感じ」なのである。

 

だから、細部が分からないから

「記憶していない」と決めつけるのは

早計だろう。

 

「感じ」さえ分かればそれでいいのだ。

 

「一昨日は、晴れていたと思うよ。たぶん」で。

 

 おそらくだけど、人生を楽しく生きている人たちは

多くがこういう発想で生きているような気がする。

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怒りんぐ

怒らないのではなく

怒れない人が増えていると聞く。

 

かくいう私も

怒れない。

 

正確には、怒るエネルギーを

出してないということなのだけど

自覚はあるため、その内出るようになる

と思っている。(たぶん)

 

そうなったのには、いくつかの経験があって

「怒る」と、本気モードになってしまい

相手を血まみれにしてしまうのではないか

という恐怖があるからだ。

 

クラスメイト達は喧嘩になると

よく相手をぼこぼこしていた。

 

あれを見て、恐怖に思ったのだろう。

 

自分もああいう「攻撃性」が隠れている。

 

「怒って」それを解放したら

とんでもないことになる。

 

その妄想が、強くなったのが

小学校高学年であり

それ以降、「怒り」を時々出すことは

私にとって、禁忌に近いものとなった。

(喧嘩が苦手なせいもあるな)

 

調べてみると、怒りというのは

二次感情というもので

実際は、その下に違う感情が

隠れているという。

 

「恥ずかしさ」「不甲斐なさ」

「寂しさ」「心配」

「苛立ち」「残念」

「不安」「悲しみ」

「苦しさ」「疲れた」

「絶望感」「落胆」

などなど。

 

しかも、これらは

更に深い感情の上にある。

 

それが「大切にされたい」

「愛されたい」

「認められたい」

という感情。

 

これらが根底にあって

「怒り」というものが

発動する。

 

 たしかに、自分の例で

考えてみると

自分が危険な状況に晒され

怒りを感じた時というのは

「大切にされたい」

という感情があったことは

しばしばある。

 

それが、好きだった人たちから

いじめられた時の例であれば

「大切にされたい」という感情があったに

違いない。

 

怒りは間違いなくあった。

 

今回のタイトルは「怒りんぐ」と

ふざけているけど

書いている文章は、本気。真剣そのもの。

 

なんせ、私の中の怒りがきちんと

出せるようになれば、人生は好転していく

可能性が高い、と思っているから。

 

今は、まだカサブタがくっついたまま。

 

でもそれがあったおかげで

今日まで生きてこられた面もある。

 

「うっせんだよ」「静かにしろよ」

「黙れ小僧」などなど

言いたいセリフは山ほどある。

(それだけ、怒りが溜まっているのか?w)

 

今、書いていて思ったんだけど

そういう言葉が出てくるということは

何かしら、うるさくて何か

やりたいことができなかった経験がある。

 

そうか。

それは「勉強」だ。

 

たしかに、小学校高学年から

色んな面で

「頑張る」ようになっていた。

 

「勉強」も本当はやりたくないけど

やっていた。(学校の空気)

 

もし、自分が「勉強なんてしなくていい」

と開き直っていたら

「騒音男子」を嫌になっていたかは怪しい。

 

だって、騒音を理由に

勉強をしないことだってできるわけだから。

 

でも、当時は「勉強がとりあえず大事」だと

思い込んでいた節もあり

その勉強を阻害するような人は嫌っていた。

 

よく考えれば、私が嫌いな人達は

ほとんどが「勉強」に対して

不真面目で、学校の授業をまともに

受けていなかった。

 

それが、私にとっては

「嫌」だったのだ。

 

優等生の思考と言えばその通りだろう。

 

その後、自分も堕落するようになったから(笑)

彼らの気持ちが分かるようになったけど。

 

当時は「ずるいんだよ!

そうやって、勉強しないで

生きていけると思うなよ」

と思っていた。

 

しかし、勉強というのはしなくても

生きていける。

 

自分の成長や進化を望まない人にとっては

勉強は意味のないもの。

 

まして、好きでもない先生の授業なんか

聞いたって、理解できないし。

 

 あれ?そう考えると

クラスメイトに嫌いな奴いんのか?(笑)

 

今までは、彼らにいじめられる夢を

さんざん見続けてきたせいか

自分にとって嫌いな奴で

おそらく、自分が許すまでは

会わないだろうと考えてたけど

本当は違うんじゃないか?

 

「努力する」癖がついているから

コミュニケーションに踏み出さない癖が

ついちゃったのではないか。

 

今思うと、自分が苦手だと思ってきた

「姉」のいる「弟」たちも

コミュニケーションを欲望していた。

 

ただ、その当時は彼らの悩みに

返す言葉がなかった。

 

「うん。そうなんだ。」ぐらい。(笑)

 

でもあの時、本でも読んで

彼らの悩みを少しでも和らげるような

言葉を投げかければ

それはそれでまた面白い人生になったかもしれない。

 

 あれ?怒りは、いずこへ?

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唯一、手元に残っている「ナゾ」本

 哲学とはどういうものか。

 

ある人の言葉を借りると

こういう風にも言われている。

 

「哲学とは、その本人にとって

苦しんで、どうにかして解決したかった問題。

そのため、その後に生まれた人が

その人の書いた本を読んで

「よくわからない」と思って

ゴミ箱に捨ててしまうことはよくあるものだし

そういうものなのだ。」と。

 

こんな感じだ。

 

カントにはカントの問題意識。

ニーチェにはニーチェの問題意識。

ヴィトゲンシュタインには

ヴィトゲンシュタインの問題意識があった。

 

彼らの本を今の時代の人が読んで

共感や共鳴することはあれど

それは決して、大勢ではない。

 

ほとんどの人には訳が分からないのだ。

 

だが、面白い事に、私自身、全ての物事に

とまでは言わないけど

そういう「変な」ものに興味を持つ傾向がある。

 

「変なものにスポットを当てることが

できるのは自分しかいないのかもしれない」

 

当然、自分が「変に」思っているんだから

すぐには、理解できない。

 

というか、今も理解できているのかは怪しい。(笑)

 

 たとえば、日本の哲学者で、中島義道という人がいる。

 

けっこうファンが多く、その著書の一つである

「うるさい日本の私」は、当時かなり影響を受けた。

 

「日本はなんでこんなうるさいんだ!」

という問題意識から、行政の人や一般人と

バトル、大学時代、中島の戦闘的なスタイルに

共感もし実際、同じようなこともした。(笑)

 

結果、疲れるだけ、ということが

分かったけど

その中島の哲学の問題意識として

「死」の問題があった。

 

彼は、幼少期「どうせ、ぼくは死んでしまう」

という神経症的な悩みに取りつかれ

それ以降、「死」について考えを深めていく。

 

「死」を哲学している人で

メディア的に一番有名なのは

中島だと思っているけど

その彼は、「どうせ、ぼくは死んでしまう」

という問題意識の解決に向かうため

哲学の世界に飛び込む。

 

そこで、大森荘蔵や、今や哲学界を牽引する

哲学徒たちと出会い、最終的には

カントという知の巨人の思考に共感し

終生を共にすることになる。

(中島先生はまだご存命かと)

 

そういう中島の問題意識は

背景のない背景

つまり、子供の哲学として

ふっと、一瞬の問いかけとして

出てきたのだと思うと共感できる。

 

私が、大学時代

ヨーロッパの哲学や東洋思想などに

惹かれなかったのは

共感できなかったのが大きい。

(今もあまり惹かれていないw)

 

逆に、日本の哲学者は

自分の哲学がどういうきっかけで

生まれたのかを説明してくれるから

「ああ、彼ほどまで考えたことはないにしろ

この問いかけは、自分にもあるかも」

と共感できるのだ。

 

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ヴィトゲンシュタインの写真。

母校には彼にそっくりなヘアースタイルの先生がいたw)

 

 私が読んできたのは

ユーモアエッセイで有名な土屋賢二

独我論とは一風違う独在論を展開する永井均

他者の問題に踏み込み

ロジカルトレーニングとしても

有名な野矢茂樹

 

そして、一番、本として

「何だか分からない」なりに

ドはまりした本の著者。

 

入不二元義。

 

私は、大学時代にとある不注意で

買ってきた本を全部処分してしまった。

(「もう人生なんてどうなってもいい」

と思ったのが背景w)

 

ただ、入不二さんの本だけは、売った後

また買い直した。

 

今は彼の著作である

「足の裏に影はあるか?ないか?」

(足裏本と読んでいる)

リュックに眠っているだけなんだけど

折に触れて、読み返したりする。

 

相性があることはたしかだ。

(本の帯からしてw)

 

ただ、私が読んできた本の中でも

群を抜いて面白かった。

 

「具体的には?」と聞かれると

自分に問題意識がなかったので

ちょっと返答に詰まるのだけど

大森荘蔵さんの「ながれとよどみ」

の「雰囲気」に似ているようで、

似ていないところが面白い。

 

彼独自の哲学を展開しているように思える。

 

「無関係という関係」「地平線と国境線」

「便利と快楽とニヒリズム」「一回性と反復」など

他の哲学本には、ない想像力が

この本には働いている。

 

一時期、この本のファンとして

信者っぽいことをツイッター

やっていたこともある。

 

それぐらい、ハマったわけで

私にはよくもわるくも

他者の思考に共感しすぎる

「きらい」があるようだ。

 

時間の経過とともに

ファンは、ファンでい続ける場合もあれば

途中で降りるファンもいる。

 

私の場合は、前者だった。

 

未だに入不二さんのファンである。(笑)

 

 それは、未だに彼の考えていることが

分からないからであり、けど分かりたい

と思わせる稀有な思考の持ち主だからである。

 

 

足の裏に影はあるか? ないか? 哲学随想

足の裏に影はあるか? ないか? 哲学随想