ターマーエッセイ

ちょっと、エッセイのコツが分かったかも。

目印

 私たちがよく言う「目が疲れた」

という現象に違和感がありました。

 

足を使ったら足が疲れる。

腕を使ったら腕が疲れる。

 

そして目を使ったら目が疲れる。

 

これは一見その通りに思えますが

ほんとうにそうでしょうか?

 

たとえば、気功の動きに

スワイショウというのがあります。

 

これは、腕をぶらぶらするだけの運動で

メンドクサイことはたしかですが

運動としては、腕は疲れません。

 

こういうことを一度でもやってみると

「なるほど。腕を使えれば腕が疲れる、

というのは嘘なのかもしれないな。

使い方が悪いんじゃないか」

と思うようになります。

 

そこで、それを目にも当てはめてみるわけです。

 

「目も、使えば疲れるというのは嘘で

使い方が悪いんじゃないか?」

 

でも、目の使い方って、普通は

考えませんよね。

 

中には、武道の稽古をしていて

「自分は目の使い方を気をつけている」

という人もいるかもしれませんが

ごく少数でしょう。

 

一般人からすると

「目の疲れ」がどこからきているのか

分かりにくいところです。

 

 とはいえ「目が疲れる」理由が

そんなにたくさんあるでしょうか?

 

私の小さな頭で考えた末に

出てきた一つの答えというのが

「大量の情報を処理している」からというものです。

 

今通っている「整体」の先生からも

言われましたが、自分は「アタマを使いすぎ」

ているようです。

 

「アタマの使いすぎ」は言い換えれば

「大量の情報を処理する作業に追われている」

ということです。

 

私の人生の前半生は、アタマを使わなさすぎであり

大学進学後、アタマを使うようになったのは

いいものの、今度は反動で逆に使いすぎているようです。

 

それもそのはず、大学時代から

たくさんの本を読むようになり

それに並行してネットの時間も増えたからです。

 

それに整体の先生は気づいたのでしょう。

「アタマを使うことは悪いことではない。

しかし、使いすぎると今度は身体が疎かになる」

 

それを実感するようになってからというもの

ネットをしない日を作り、極力自分が

アタマを使わないで生活できるようにしています。

 

 目が疲労する前に「今日は明らかに

アタマを使いすぎている」と気づき

その作業を中断します。

 

以前の自分なら「もっとできるのに」

と考えるところですが、今は中断しても

特に勿体ない感はありません。

 

「目を使いすぎると明日に支障が出る。

今日はここらへんで」と

区切りのつけ方が上手くなりました。

 

 父親から「目は大事にした方がいい」

と言われたものの、一時期無視していましたが

最近あらためて「視力」というより

「目」というものは大切に扱った方がいいと

思うようになりました。

 

みなさんは「目」を大事にしていますか?(笑)

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