ターマーエッセイ

一切が無関係

ときめきを失う二つの理由と暗記的な会話

 いつからだろうか。

「ときめき」というものが

失われたのは。

 

思い返してみると

私は、小学生から中学生まで

よく「どきどき」していたと思う。

 

ある時からそれ=「緊張」と考えるようになり

「よくないものだ」となり

最終的には「ときめかない」カラダに

なってしまったけど

今考えると、あの当時の「ときめき」は

自分にとってプラスだったのではないだろうか。

 

何も、異性に対する「どきどき」だけではない。

たとえば、この先生は何を喋るんだろうか、

という想像は、こちらをどきどきさせる。

 

そういう「どきどき」がちゃんと機能している時

自分は、自分らしかったのかもしれない。

 

そうではなく「どきどきしちゃいけない」と

自分を押さえ付けた時、自分の興味・関心が

狭まっていき、結果的には

「どきどき」しなくなっていたとしたら。

 

だから「どきどきしなきゃ」と思っているわけではなくて

「ときめき」は時に大事なのかもな~、と感じているわけだ。

 

 それともう一つ。

当時、私は、よくTVドラマを見ていた。

「プライド」というドラマにはまり

竹内結子」に「どきどき」を感じていた。

 

しかし、ある時からふと思った。

竹内結子は美人だから

やっぱりカッコイイ人が好きなんだろうな。

俺なんか、ただの一般人だし、

カッコイイと思ったこともないし

知り合いになるなんてまた夢の夢だろうな。」

という理屈をつけて

自分の「どきどき」を諦めた。

TVを見なくなったのも

その理屈をつけた時期と重なるかもしれない。

 

 こういう人は、けっこういるんじゃないだろうか。

中には、「一方通行でもいい」とか

「ファンはあくまでファンなんだから

自分の思いが伝えられればいい。」と

考える人もいるかもしれないけど

自分はそう考えなかった。

 

その時はまだ分かっていたんだと思う。

「どきどきは、その人に対しての

興味・関心を意味している」

 

ちょっと、話がややこしくなるかもしれないけど

「ときめき」というのは

その人に興味・関心を失って

なくなるものではない。

 

そうではなく自分が「ときめく」人の

興味・関心について

自分の周りの人が

興味・関心を持ってくれない時に

それを失う場合がある。

 

本当はそういう「ときめく」ものは

無数にあった。

(人に限らず、石や木といった

自然物もそうだし、鴨の親子が

歩いているのにも「ときめいていた」)

 

しかし、親に話しても理解してくれない。

友達に話すとバカにされる。

そういう経験の中で

「人に話しても無駄なんだ・・・」

と落ち込んでいく。

 

少なくとも、私はそういう経験を通じて

「いや、世の中には自分がときめくものに

興味を持ってくれる人はいるはずだ」とは

考えず「誰も興味・関心がないなら、いくら自分が

興味・関心を持ったところで意味ないのかも」

と考えた。

 

そういう形で「ときめき」を

失っていった。

 

繰り返すようでしつこいけど

こういう形で「ときめき」を失っていった人も

多いんじゃないだろうか。(笑)

 

しかし「ときめき」を伝える前提として

あなた自身が「まず」周りの人に「興味・関心」を

持っていますか?ということだ。

 

それがないのに、人に興味を持ってもらおうとするのには

無理がある。

 

幼児ならそれは別。

幼児は、自分の欲求を先に伝えても

お母さんやお父さんが面倒を見てくれる。

 

しかし、それはいつまでも続くとは限らない。

幼児から子供に成長した時

必要になってくるのは

「相手に興味を持つこと」なんだ。

 

それは、相手の趣味を知るとか

相手の好きなものを知るとか

そういうことではない。

(それは見てれば分かる)

 

ちゃんと相手に踏み込んで

「話を聞く」ということなんだ。

 

それは言い換えれば、質問する力でもある。

ところが自分の世代に限らず

多くの世代で蔓延しているように思うのは

質問することが「できない」ということだ。

先生とのやり取りの中で

「これ分かる人」「はい。●●です」

という「暗記的な会話」がされるために

多くの子供たちは、その人への興味=

その人の知っているものを「知ること」

という風に誤解してしまう。

 

クイズとはまさにその「暗記的な会話」の

いい例だと思う。

 

 そして、先ほど言ったように

会話というのは、相手に対して興味・関心が

あって成り立つもの。

自分だけ「みてみて~。これみてよ。

すごいんだから。この人の演技

カッコイイよねえ」と伝えても

相手はそれを受け止めてはくれない。

 

なぜなら、あなたはただ同意を求めているからだ。

あなたは他人に興味・関心を持っているわけではない。

「共感」してくれる人を求めている。

相手はあなたではない。違う人間だ。

その前提に立たない限り、その違う人から

「共感」を得るということはできない。

 

そしてそれができないということは

暗記的な会話で「済ませる」ということであり

その会話は、面白い方向へと転がっていかない。

 

根拠をつけて話し、質問をする。

それができなければ

大人への階段をのぼることはできない。

 

それが、簡単ではないということは

ほとんどの人が知っている。

 

そして、簡単ではないからやらない、となり

「暗記的な会話」で終始してしまう。

 

生き辛さ、ジレンマというのは

そういうこと。

 

「子供のまま」でいたいとは

思っていなくても、そういう会話で

済ませている人は、いつまでも

「大人」にはなれない。

 

残念だけど、そういうことなんだ。

 

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