ターマーエッセイ

ちょっと、エッセイのコツが分かったかも。

1+1=1だけど、1-1=も実は1?

 アイシュタインの有名な話がある。

 

彼が算数の時間、先生から

1+1=2だと教わった時

こう切り返したそうだ。

 

「こっちの粘土とこっちの粘土を

くっつけます。

どうですか。

1+1=1じゃないですか?」

 

先生はこれに答えられなかったという話だ。

 

これは発想の転換という点では

アイシュタインの発想力が光る面白い話だけど

ここで使われている1と

答えの1の大きさが違っている点では

ちょっと、狡さを感じなくもない。

 

そういう発想がありなら

こういう発想もありではないか。

 

 すなわち、ここにティッシュペーパーを

一枚置き、この1枚のティッシュペーパーを

半分にする。

 

つまり、1-1=するわけだ。

 

するとどうだろう。

そのなくなった一枚を横目に

まだ半分の一枚が残っている。

 

これが1-1=1である、という証明方法だ。

 

これは今日思いついた

出来たてほやほやの

イデア

 

 

たとえば一個あるりんごから

一個を引けば

それは、0になるのだけど

その際、その「1」を定義していなければ

その1個のりんごを半分かじる

という「引き算」もできるわけだ。

 

そしてその残りのりんごはちゃんと

半分にはなっているけど

「1個」として残る。

 

だから、見方を変えれば

1-1=1なのだ。

 

 これを「定義」が間違っているとか

「屁理屈だ」とかで話を回収してしまうのは

面白くない。

 

哲学者にはそういう議論を喧々諤々として

楽しんでいる人もいるわけだけど

イデアはアイデアとして

受け入れてみた方が時には自分の視野に

広がりが出る。

 

今日はそんな話をしてみたけど

何のことはない。

 

 特に役立つ話でもないんだよ。

f:id:remone-dox:20170830181423j:plain