ターマーエッセイ

一切が無関係

明日、死ぬことを考えているなら~雄叫びを上げる覚悟はあるかい?

 その発想は私にはなかった。

 

それは9月1日に、自分で命を絶つと

決めること。

 

私の経験で正直に

言わしてもらいたい。

 

今の、あなたに必要なのは

緊急避難的に

一時的に「逃げる」場所を見つけ

そこに駆け込むこと。

 

しかし、これができるかどうかは

私には分からない。

二つの場合において、人は道を誤る。

 

一つは、本人に「逃げる」場所を

見つけられない場合、あなたは

どうしようもない状況に追い込まれる。

 

結果、命を絶つ。

 

もう一つは、本人に生き延びる意志が

もうほとんど、潰えている場合、

あなたは、打つ手がない。

 

結果、命を絶つ。

 

でも、おそらく、あなたは

どちらのパターンかになっている。

 

もし、そうでなければ

おそらく、人は自殺をしない。

 

自殺したいと思っても自殺しないんだ。

 

まだ「死んでない」から

「幸せ」になる可能性はある、と考える。

 

ところが、稀にこの両方のパターンを

経験しても、死なない人がいることも事実。

 

それが私だ。

 

あなたはこう思うかもしれない。

「あなたは強いからよ。」と。

 

そんなことはない。

 

隠す必要はないと思うけど

私は今だって、悩んで迷っている

人生を送っている。

 

そして本来であれば、こういう

メッセージは、今幸せな人が

送った方が伝わるのかもしれない。

 

そう考えていた時期もあった。

 

しかし、あなたも知っているかもしれないけど

自殺はなかなか減らない。

 

これだけ、著名人たちが

「逃げろ」と色んな経験談を交えて

語っているのにだ。

 

私は「あれれ?おかしいぞ~」

と首をひねった。

 

昔であれば、新聞やラジオ

今であれば、ネットの記事で

今の状況から脱せる機会を得る人もいるのは

たしかだ。

 

しかし、一部の人は、

こういったメッセージをスルーしている。

 

スルーするような環境下にいる。

 

テレビもない

ネットも、スマホもない環境に

いるのだとしたら

私のメッセージも同様に

空しく響くだけだろう。

 

あるいは、他者のメッセージを

受け付けない考えになっているとしたら

(ありえるけど)

このありふれたタイトルを

見ただけで「見ないと」決めるだろう。

 

だから、私は少しだけ

毛色の違う文章を書いている。

 

 最初、死ぬことを考えているなら

「逃げる」場所を見つけてほしい

と書いたけど、ほとんどの人はこれは無理だ。

 

経験則でなんでも言ってはいけないけど

私たちの時代でも、多くの人が

生き辛さを感じていた。

 

しかし自分を含め、周りのそういう同級生

往々にして人に助けを求めなかった。

 

今彼らがどうしているのかは分からない。

 

私はどういうわけだか、生きている。

 

その私が明日、死ぬことを考えている人に

言えることがあるとしたら

こう言う。

 

 あなたが、好きなセリフを大声で叫んでほしい。

 

思いつかない?

 

セリフは覚えているけど

気恥ずかしいって?

 

いやいや、何も、人前で叫ばなくてもいいのよ。

 

土手にいって、あるいは山にいって

人のいないところで、叫んでみる。

 

最初は上手く叫べないかもしれない。

 

声が思ったより出ないなんてこともある。

 

でも、練習する内に

お腹から声は出てくる。

 

そしたら、そのセリフから

勇気がもらえたり

感情をゆさぶられたりする。

 

そしたら、また生きる気力が沸く。

 

単純かもしれないけど

自分はそうやって

生き延びてきた。

 

生きる気力が沸けば

視野も広がるだろう。

 

きつい言葉だから

言わなかったけど

死ぬことを選ぶ人というのは

「弱い人」なのではなく

「視野」が「狭い人」なんだ。

(たぶん、あんまり人が

言わなそうだから言っておく)

 

 だから、視野さえ広がれば

あなたは、逃げる場所を

見つけることがきっとできる。

 

私もそうやって、逃げる場所を

見つけ生き長らえてきた一人だ。

 

まずは、叫ぼう。

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