ターマーエッセイ

ちょっと、エッセイのコツが分かったかも。

唯一、手元に残っている「ナゾ」本

 哲学とはどういうものか。

 

ある人の言葉を借りると

こういう風にも言われている。

 

「哲学とは、その本人にとって

苦しんで、どうにかして解決したかった問題。

そのため、その後に生まれた人が

その人の書いた本を読んで

「よくわからない」と思って

ゴミ箱に捨ててしまうことはよくあるものだし

そういうものなのだ。」と。

 

こんな感じだ。

 

カントにはカントの問題意識。

ニーチェにはニーチェの問題意識。

ヴィトゲンシュタインには

ヴィトゲンシュタインの問題意識があった。

 

彼らの本を今の時代の人が読んで

共感や共鳴することはあれど

それは決して、大勢ではない。

 

ほとんどの人には訳が分からないのだ。

 

だが、面白い事に、私自身、全ての物事に

とまでは言わないけど

そういう「変な」ものに興味を持つ傾向がある。

 

「変なものにスポットを当てることが

できるのは自分しかいないのかもしれない」

 

当然、自分が「変に」思っているんだから

すぐには、理解できない。

 

というか、今も理解できているのかは怪しい。(笑)

 

 たとえば、日本の哲学者で、中島義道という人がいる。

 

けっこうファンが多く、その著書の一つである

「うるさい日本の私」は、当時かなり影響を受けた。

 

「日本はなんでこんなうるさいんだ!」

という問題意識から、行政の人や一般人と

バトル、大学時代、中島の戦闘的なスタイルに

共感もし実際、同じようなこともした。(笑)

 

結果、疲れるだけ、ということが

分かったけど

その中島の哲学の問題意識として

「死」の問題があった。

 

彼は、幼少期「どうせ、ぼくは死んでしまう」

という神経症的な悩みに取りつかれ

それ以降、「死」について考えを深めていく。

 

「死」を哲学している人で

メディア的に一番有名なのは

中島だと思っているけど

その彼は、「どうせ、ぼくは死んでしまう」

という問題意識の解決に向かうため

哲学の世界に飛び込む。

 

そこで、大森荘蔵や、今や哲学界を牽引する

哲学徒たちと出会い、最終的には

カントという知の巨人の思考に共感し

終生を共にすることになる。

(中島先生はまだご存命かと)

 

そういう中島の問題意識は

背景のない背景

つまり、子供の哲学として

ふっと、一瞬の問いかけとして

出てきたのだと思うと共感できる。

 

私が、大学時代

ヨーロッパの哲学や東洋思想などに

惹かれなかったのは

共感できなかったのが大きい。

(今もあまり惹かれていないw)

 

逆に、日本の哲学者は

自分の哲学がどういうきっかけで

生まれたのかを説明してくれるから

「ああ、彼ほどまで考えたことはないにしろ

この問いかけは、自分にもあるかも」

と共感できるのだ。

 

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ヴィトゲンシュタインの写真。

母校には彼にそっくりなヘアースタイルの先生がいたw)

 

 私が読んできたのは

ユーモアエッセイで有名な土屋賢二

独我論とは一風違う独在論を展開する永井均

他者の問題に踏み込み

ロジカルトレーニングとしても

有名な野矢茂樹

 

そして、一番、本として

「何だか分からない」なりに

ドはまりした本の著者。

 

入不二元義。

 

私は、大学時代にとある不注意で

買ってきた本を全部処分してしまった。

(「もう人生なんてどうなってもいい」

と思ったのが背景w)

 

ただ、入不二さんの本だけは、売った後

また買い直した。

 

今は彼の著作である

「足の裏に影はあるか?ないか?」

(足裏本と読んでいる)

リュックに眠っているだけなんだけど

折に触れて、読み返したりする。

 

相性があることはたしかだ。

(本の帯からしてw)

 

ただ、私が読んできた本の中でも

群を抜いて面白かった。

 

「具体的には?」と聞かれると

自分に問題意識がなかったので

ちょっと返答に詰まるのだけど

大森荘蔵さんの「ながれとよどみ」

の「雰囲気」に似ているようで、

似ていないところが面白い。

 

彼独自の哲学を展開しているように思える。

 

「無関係という関係」「地平線と国境線」

「便利と快楽とニヒリズム」「一回性と反復」など

他の哲学本には、ない想像力が

この本には働いている。

 

一時期、この本のファンとして

信者っぽいことをツイッター

やっていたこともある。

 

それぐらい、ハマったわけで

私にはよくもわるくも

他者の思考に共感しすぎる

「きらい」があるようだ。

 

時間の経過とともに

ファンは、ファンでい続ける場合もあれば

途中で降りるファンもいる。

 

私の場合は、前者だった。

 

未だに入不二さんのファンである。(笑)

 

 それは、未だに彼の考えていることが

分からないからであり、けど分かりたい

と思わせる稀有な思考の持ち主だからである。

 

 

足の裏に影はあるか? ないか? 哲学随想

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