ターマーエッセイ

一切が無関係

3・11と「死の予感」

 

 このテーマで文章を書くのは

何回目だろうか。

 

同じ展開になるかもしれないし

違う展開になるかもしれない。

(前書いた文章は

もう覚えてない)

まぁいいや。

 

3・11の時の実感を

正直に書いてみるよ。

(なるべく、個人情報バレないようにw

いやバレるな。)

 

 2011年。

 

3・11日。

 

東京圏内の大学に通っていた

わたしは、図書館で

エミールゾラの「居酒屋」を読んでいた。

 

「くそ、わけわかめだ・・」

と小説を読んで苦しんでいた矢先の揺れだった。

 

「な、なんだこの揺れ・・・」

心の中でそう思った。

 

私は地下の図書館にいたので

揺れの長さと強さが尋常でないことに気づき

一階へかけあがった。

 

すると、図書館の一階の

雑誌コーナーのTVがついており

福島の「原発」が映った。

 

今だからこそ、告白するけど

私はこの震災が起こるまで

原発」の存在を理解していなかった。

 

電力がどこから出ているかなんてのは

想像してさえいなかったのだ。

 

その原発が、見るも無残な形で壊れている。

 

これまた告白するけど

その時、とてつもなく興奮していたのも事実だ。

 

「何だか分からないけど

嬉しい・・・」

 

というのも、当時、大学の雰囲気に

ついていけず

「真面目に読書に励んでいる

自分がバカらしい」

と思っていたからだ。

 

ある授業のレポートがあった時も

「こんな幸福で浮かれている奴ら

津波にでも襲われればいい」

とさえ思っていた。

 

それが実際に起こったので

「おれは、神か!」とさえ

その瞬間思った。

 

 しかし、ふと我に返り

「これって、東京もヤバいんじゃ?」

と思い、不安になった。

 

周りの学生は、学内の大きなスクリーンを見て

じっとしている。

 

電車も止まっている。

 

私は直感的に感じた。

 

「ここにいてはいけない。」

 

私は覚悟を決め

そこから、できる限り

家の方向まで向かおうとした。

 

この際、私の脳裏にあったのは

クレヨンしんちゃんの「オトナ帝国の逆襲」。

 

「親にもらった足があんだろ?」

と野原ひろしが家族に言うシーンがあり

私はこれを思い出し(たぶんねw)

帰宅することを決めた。

 

ただ、問題は距離だ。

 

あまりにも離れている。

 

しかも道は分からない。

 

話がズレるかもしれないけど

その日、実は、哲学者の

中島義道」さんの「哲学塾」の日だった。

 

今は、閑静な住宅街の一室を借りて

学びの場を作ってやってるけど

私が、初めて行こうと思ったその場所は

東京の都心にあった。

 

私は、何を狂ったか

そこへ向かったのだ。

 

なにしろ、私の大学から

近いのである。

しかも「やっているわけがない」

とは思わなかった。

 

「誰かいるかも」

と思い、その場所に足を伸ばしたけど

(案の定?)誰もいなかった。(笑)

 

余震がまだあり、この時

私は「自分が死ぬかもしれない」

ということを肌身で感じた。

 

しかし、だからといって

そこでとまってはいられない。

 

ずんずんと歩いた。

 

その間、苛立って、人に舌打ちをする

サラリーマンもいれば

和気あいあいとグループで

この地震を楽しんで歩いている者たちもいた。

 

私は対照的などちらの姿も

目に焼きついた。

 

辺りを見渡してた所、自分が歩いている場所は

本通りから外れていなかったので、そのまま進んだ。

 

面白いことに、新宿までの道のりは

歩いている人達がいたので

ほぼその列についていけばよかった。

 

途中で出会いもあった。

 

道を尋ねると、すごくご機嫌に

教えてくれる警察官らしき人がいたり。

 

その時、同じく道を聞いていた

シューカツで、忙しそうにしてる人と

10分ぐらい、喋りながら歩いたり。

 

私は、人と関われる楽しさや

嬉しさと同時に、不安が続いていた。

 

「本当に帰れるのだろうか」

 

 結局のところ、問題なかった。

 

自分の地元から近い所まで

「歩いて」帰れた。

 

距離にして25キロほどらしい。

 

この震災で、一番感じたことは

「人と関係を断ち切ったままで

生きていくのは、無理なのでは?」

という問いであった。

 

その後、まもなくして

地元のキリスト教会と坐禅

半年ほどお世話になったのも

震災が大きなきっかけである。

 

この震災を通じて

どういうインパクトを

他の人が受けているのかは

知らないけど

私は、この震災を機に

「人との関係性」を

見直すことになったと思う。

 

それは、付き合う人

そうでない人を含め

自分を取り巻く人達の「胸中」

というか「思惑」について

考えをめぐらすことになったということ。

 

そして、それは

残念なことに

「東京は、非東京生まれの人が

作っている社会。

ろくな社会じゃない!。

もっといえば、明治時代の

薩長土肥の支配が続いている!」

という陰謀論まで

思考を飛躍させることになった。

 

 最後に、言っておくと

これも全て、私の「コミュニケーションの放棄」が

生んだ結果の「思考」である。

 

今更、何を言っても過去は変えられないけど

震災後、コミュニケーションを放棄していなければ

また別の人生があったかもしれない。

 

貴重な大学生活の時間。

 

たくさんの人と交流した方がいい、

とは経験からして言えないけど

少なくとも、人間関係の「全切り」は

オススメできない。(ほとんどの人はしないと思うけどw)

 

今の私は、視野が広いので

ある程度、人間関係がある場所に出向いて

人と交流できているけど

大学時代は、本当に

有吉流にいえば「バカがバリア張って」

生きていたとしか言いようがない。(笑)

 

「あいつらはバカ。俺は読書に励んでいるから優秀」

という風に、位置づけて

コミュニケーションを放棄していた。

 

いかに自分が「縦」の関係でしか

物事が見れなかったのかが分かる。

 

初めてワンピースの漫画を読んで感動し

自分が時代遅れの価値観にすがっていたか

気づくのに、震災から二年。

 

アドラー心理学を読み

「ワンピース」と「横の関係」という

共通点に気づくのに、数年かかった。

 

そして、その共通点に

気づいても対人関係に

踏み込めない時期があり

ようやく、最近になって

対人関係に踏み込めるようになった。

 

まだまだ、道半ばといったところ。

 

でも、最近はそのプロセスを

楽しめるようになったな。

f:id:remone-dox:20171006181037j:plain