ターマーエッセイ

一切が無関係

発声障害における治療法の情報が注射か手術ぐらいしかないのはおかしいけど、そればかり気にしててもしょうがないので

私が見てきた限り

多くの精神疾患の人は

(その予備群も)

「声」の「不調」を

感じている。

 

声がつまったり

かすれたり

ふるえたり。

 

そういう症状と向き合いながら

日々暮らしている。

 

中には私みたいに

「何か治る方法ないかな~」

と考えて検索する人もいる。

 

発声障害で検索すれば

40万件ほど出てくるところを見ると

それなりに自分が発声障害だと

思っている人が多く存在するということだろう。

 

耳鼻咽喉科や医療情報を見ると

治療法として注射や手術を勧めている。

 

私はこれを見た時違和感があった。

 

「なんで、そういう方法しかないの?」

と。

 

何も、そういう治療法を否定するつもりはない。

 

しかし、その治療法をして「治った」人の

情報がほとんど落ちてない。

(というか、ない)

 

ということは、いわゆる「西洋医学」的な

治療法のアプローチでは一時的に症状が

緩和されることはあっても

完全回復にはならないということだろう。

 

じゃあ東洋医学はどうだろう?

と思って「発声障害 東洋医学」と関連して調べると

5000件ほどに絞られる。

 

この量を見る限り

東洋医学のアプローチでも

ムズカシイ症状だと言える。

 

言い忘れていたけど

私もこの「発声障害」だ。

 

仕事や仕事の人間関係で荒れて

調子を崩してから声の「不調」になった。

 

そのあと、ヨガ・気功・ボディトーク

カイロプラクティック鍼灸などに

通ったが、声は一向によくならなかった。

(五年経過w)

 

そして現在もそれに変わりはなく

時々、声の不調を気にする時がある。

 

「あぁ、やっぱり治らないのかもな」と。

 

ただ一方で、昔のように

発声障害」で悩み続けることはなくなった。

 

というのも、結局身体だけにアプローチしても

ダメなのではないかと気づいたからだ。

 

それから私は方向転換をして

リアルな人間関係を大切にしていこうと

思うようになった。

(この言い回し多いなw)

 

それからというもの

発声障害

「気になる」ことは時々あるものの

それを気にして人前で喋れない・家からでない

ということはなくなった。

 

というか発声障害

「忘れる」ようにもなった。

 

そして今もまだ

発声障害はあるものの

今は自分で「茶話会」のようなものを

開催しようと考えるまでにいたった。

 

これは前々から考えていたのだけど

「生き辛さ」や「困りごと」について

話すのではなく

自分の「大好きな」ものについて

喋る、そういう会だ。

(「茶話会」ではなく「多話会」

というネーミングでできたら

一番いいのだけどw)

 

どういうテーマで話すのかは

まだ決めていない。

(あてはあるけど)

 

ワンピースや哲学。

村上春樹ポケモンが候補。

 

父親にはもう話してある。

 

父親いわく

「宣伝するちらしに自分が主催する会と

一般的な当事者会と区別して

書かないと分かりづらいだろうね」と

言われた。

 

その通りだと思う。

 

自分が主催しようと思っている

「茶話会」は

先ほども書いたように

「生き辛さ」や「困り感」を

共有・共感してもらう場所ではない。

 

そこはちゃんと書かないといけない。

 

私は充分、自分の悩みは

自分固有の悩みではないと分かったので

そういう場を必要としなくなった。(ほぼ)

 

その代わり、自分が喋りたいと思うことが

増えてきた。

 

その悩みというか「喋りたい」気持ちは

おそらく、他の人にも通じると直感的に感じた。

 

だからそういう会を主催してみるのも

面白いだろうと思って

来年度からやる予定だ。

 

もし仮に第一回の会に

一人でも参加者がいるようであれば

今後もこの「多話会」の開催はしようと思っている。

 

ちらしで宣伝するので

どうなることかは分からないけど。(笑)

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