バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

非局所相関と海辺のカフカ

たまたま今日

量子力学」の本を

読んでいたら

「非局所相関」という言葉に

出くわした。

 

実験についてはよく分からないのだけど

「空間的に離れた場所に置かれた装置間で

一方の測定が他方の測定に影響を与えること」

ということらしいのだ。

 

これを見た瞬間、ピンときた。

 

「これってもしかして

村上春樹海辺のカフカじゃないか?」

 

この作品の中では

主人公である田村カフカ少年が

四国にいながらも

遠くの土地にいる

自分の父親を殺してしまったのではないか?

と自分に問いかけるシーンがある。

 

私がこれを初めて読んだときは

殺したのは「ナカタ」さんという

老人でありカフカ少年が

殺していないことは分かっていた。

 

なので「そんなことはないよ」

と自分に言い聞かせていた。

 

しかし。

 

今日、読んでいた量子力学の本の

「非局所相関」の意味を知って

ぎょっとした。Σ(・□・;)

 

もちろん、カフカ少年が殺していないことは

本を読んでいる側からすれば

誰の目にも明らかなわけだけど。

 

カフカ少年が「何か」を

「観測」した結果

遠く離れた地にいる父親が

ナカタさんの「観測」を変え

実際にカフカ少年の父親を

殺したとしたら。

 

いやいや。

 

もちろん、それはないとしても

村上春樹

大島さんの口を借りて

こう言っている。

 

「夢の中で責任が始まる」

 

「想像力のないところに責任は

生まれないのかもしれない」

 

解釈が分かれるかもしれないけど

この「想像力のない」=「無意識」と見て

「夢」=「意識」という風に

置き換えるならば

「夢」を見

「想像力」を使うことが

「責任ある生き方」。

 

逆に「想像力」を使わないような

無意識的な生き方が

「無責任な生き方」だという風に

見ることもできる。

 

話がずれるかもしれないけど

私はそういう意味で数十年間

無責任に生きてきたと思う。

 

自分の都合のいいように

解釈し共感し

自分に合わない・自分が共感できないことに

ついては無視してきた。

 

でも、今は思う。

 

自分と違う価値観・世界観の考えを

知り味わってこそ

本来の「想像力」なのだと。

 

それに気づいてからというもの

(ここ一週間だけどw)

小説や漫画を読む際は

情景描写や、自分と違う価値観・世界観の

人物のセリフを味わうように

「脳内」で何度も繰り返し再生するようにした。

 

これをある人は

「情動シミュレーション」と呼んでいる。

 

その人に言わせれば

読書には

「自分を破壊する読み」

「自分を出血させる読み」があるようで

私はまだその領域に達していないけど

私なりに「イメージ入力負荷法」

と名前を変えて実験している。

 

まだ実験して日が浅いけど

あるTV番組で「極寒」の地のシーンを見て

自分の脳内で想像したら

「ガチで」寒くなったので驚いた。

 

母親はいつものごとく

TVの「流し見」をしていたので

「どうしたの?」と聞いてきたけど。(笑)

 

想像力を使うと

脳は「妄想」ないし「想像」と

「現実」を区別できないので

ありありとリアルに感じることも

できてしまうのだった。

 

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