バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

自分の手のふつうさは何とも思わない割に、女の人の手を眺める一つの理由

閲覧注意。

(下ネタな記事ですが

決して狙って書いてませんw)

 

誰が見ているんだかは

分からないけど

なぜか

「18禁という制約と

今はもうしない夢精」が

人気記事のトップになった。

 

私としては望外の喜びだけど

何となく私が書いている他の記事と

比べてみると分かったことがある。

 

それは

その記事がそれなりに

「普遍性」があるということ。(たぶんw)

 

ある人のサイトでも

言われていたけど

「トレンド(流行)」の記事を

書くと伸びる代わりに

「廃れる」のは早い。

 

一方「普遍性」のある記事は

最初はそこまで伸びないけど

じわりじわりと読む人が増える。

 

私の「夢精」の話は

そこまで面白い内容でもないし

人によって嫌な内容かもしれない。

 

しかしこの記事は

18禁という言葉が

生まれた時代から

今に至るまで

参考になる可能性があるし

それこそ「夢精」の話は

人類創世から変わらないと思う。

 

思うと書いたのは

昔の文章(歴史)

「夢精」という言葉が

出てこないということは

「夢精」はひょっとすると

現代的なものであり

最近まではなかったのかもしれないからだ。

橋本治の本を読むと

汚れたパンツを洗う説明が出てくるから

戦後~今に至るまでは少なくともあったと)

 

たとえば、不謹慎かもしれないけど

こういう人がいたっていい。

 

「私は3・11の時、夢精していました」

とか

「私は9・11の時、夢精していました」

とか

「私は日本が戦争で負けた時、夢精していました」

とか。

 

この地球上に、人間がいる以上

「夢精」はなくならないと思う。

 

時代が変われば「夢精」もなくなる

と考える人もいるかもしれないけど

「夢精」を性の抑圧現象としてとらえるならば

どんな時代でも貧しい人がいなくなってないように

変わらない現象として起こりえる。

 

「夢精」の話はここまで。

 

今日の記事は「手」の話。

 

私は中学時代、自分の「手」の大きさに

悩んだことがある。

 

それまで手の大きさは自分の中で

とくに考えていなかったのだけど

女の子たちの中で「手が大きい人が好き」

という話が出ていたので

「おれは・・・・小さい・・・」

というネガティブスパライルに入っていた。

 

さらに、中学生ともなると

性の話題も盛んになるようで

(女子の場合、盛り上がりたいだけだったりするから

別にそこまで落ち込む必要はないんだけど)

「あそこの大きい人」が話題にあがっていた。

 

ここでもまた

「おれは・・・・小さい・・・」

というネガティブスパイラルに。

 

ここでポイントなのは

なぜネガティブスパイラルと

いったかといえば

「おれは・・・・小さい・・・」

の後に「価値がない」とか

「異性として好かれない」という

ワードをもってきていたからだ。

 

当然だけど、異性は一種類ではないから

「手が大きい」人が好きな人もいれば

「手が小さい」人が好きな人もいる。

 

「あそこが大きい」人が好きな人もいれば

「あそこが小さい」人が好きな人もいる。

 

「肉食系」が好きな人もいれば

「草食系」が好きな人もいる。

 

それは本人にきかないと分からない。

 

でも当時の自分はそこいらの

「陰陽」というか

「二面性」というか

「表・裏」が理解できなかったので

苦しむはめになった。

 

今はどうかというと

ほとんど気にしていない。

 

さらにいうと

女性の中で男性の手が

「綺麗な人」が好きだという人がいる。

 

でも、私はこれについて

ほとんど気にしていない。

 

なぜかというと、手の綺麗さは

その人の生まれ持った「設定」もあって

各人の努力でどうこうできる割合は

少ないと踏んでいるからだ。

 

踏んでいるからだと書いたのは

ひょっとしたら男性でも

手が綺麗になる魔法の方法が

ないとは断定できないからだ。(笑)

 

まぁとにかく、手の綺麗さを

気にする男性は少ない。

 

一方、男性側からみた

女性の手はどうかというと

これが票が分かれる。

 

それこそ「胸が小さい・大きい」

議論と同じでこれは分かれる。

 

私は今まで女性の手なんて

意識したことがなかった。

 

でも村上春樹の小説を読むたびに

そうか、村上春樹の主人公みたく

あの綺麗な手で

あんなこと(乳首を触る)や

こんなことされたいよな(手で射精させる)

と思った。

 

それからというもの

女の人の手を見るようになったのだけど

たしかに手が綺麗な人がいるのは事実。

 

そしてその綺麗な手をイメージしながら

マスターベーションをすると

感覚的に違うものがある。

(知っている人は常識かw)

 

それは「ちょっと気持ちいい」(笑)

というもの。

 

これはおそらく男性ならあるあるなはずだけど

ストレスがたまると「ぬく」作業をする人がいる。

 

小さい頃は「なんじゃこりゃ!!!」

松田優作ばりにびっくりした

マスターベーション

今ではただ「惰性」でやっていると人も

けっこういると思う。

(引きこもりの多さで推測)

 

それがただ女の人の「手」を

「意識」するだけで変わる。

 

これだけなのだ。

 

自分の手でやるから、萎えたり

つまらなかったりするだけで

「人の手」であれば全然違う。

 

これはけっこう書いていると思うけど

人間の脳は「妄想と現実」を区別できない。

 

だから、あの人の綺麗な手を

イメージするだけで

それでいい。

 

中には風俗にわざわざ行く人も

いるだろう。

 

しかし自分のイメージを使えば

そんなことしなくても「快感」は

味わえるのである。

 

私が女の人の手を眺めるのは

ひとえにエロい妄想のためである。

 

人によってはそれが足になったり

お尻や胸になったりするのかもしれないが

決して私のやっているのは「痴漢」行為ではない。

 

私のやっているのは

「視感」行為であって

決して法律で罰せられることはしていないのだ。

 

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