バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

心がせき止めてくれる解離性健忘の仕組み~思い出せてもいい・思い出せなくてもいい

自分には四つの障害がある。

 

一、発達障害

 

二、精神疾患。(統合失調症

 

三、発声障害

 

四、解離性健忘。

 

私が調子を崩した時

気づかなかったのは

私は三番目の「発声障害」だけを

気にして「辛い辛い・・・」と言っていたのだけど

本当はそうではなかった。

 

本当は、これ+他三つが合わさっているから

辛かったのだった。

 

発達障害発声障害については

以前もどこかの記事で

書いたから

今回は「解離性健忘」について書こう。

 

解離性健忘というのは

自分が誰か、何をしたか

どこへ行ったか、何を感じたか

についての記憶(情報)が

思い出せなくなること。

 

ただし、先に言っておくと

「健忘」という言葉から分かるように

何か記憶し忘れること自体は

よくあることだし

それが人間の健康を保っていることもある。

 

ただ問題は日常会話をした際

記憶量が少ないと

会話がしづらいということ。

 

さらにいうと、日常会話で

その人が言った言葉の

センテンスが終わる頃には

何を言っていたのか全く記憶できていない時がある。

 

たとえば

「こんにちは」とか

「お疲れ様です」などの

表現はできる。

 

ところが

「あれ?今の人店に入る時

挨拶したのか?」とか

「あれ?今の人店から帰る時

お疲れ様って言ったかなあ?」ということが

ざらに起こるのがこの解離性健忘。

 

もしかしたらこの程度なら

一般人にもあるのかもしれない。

 

私の場合は

限局性健忘と選択的健忘の中間。

 

戦争に行って連日の激しい戦いを

覚えているだけの兵士とは違うし

そこまでひどいかどうかは

分からないけど

たしかに幼少期+青年期の記憶は

けっこうあとかもなくふっとんでいる。

 

もちろん、覚えている記憶もある。

 

だからコップに入った水の話のように

「半分も」入っているということもできる。

 

だけど、この実験において

水(ここでは記憶)が

10分1しか入っていないコップがあったら

さすがにどんな人も

「~【しか】入ってないね」というだろう。

 

自分の今の状態はそれに近い。

 

思い出せないのだ。( ;∀;)

 

ただ、思い出せないという記憶を

強固にすると「思い出せない」

という状態を強めるだけだと

思うようになり最近

「思い出せてもいい

思い出せなくてもいい」

というアファメーションをするようになった。

(自己流ですw)

 

それと、解離性健忘自体は

心の防衛反応で

自分自身を守るために

働いているという観点もあるから

本人にとっては辛いことでも

人間の身体のためには

必要なのかもしれない。

 

私は夢をよく見るけど

夢というのは一つの心の解放で

自分の記憶の蓋を

ちょっと開けている時に起こる現象っぽい。

 

たしかに精神状態・健康状態が

あまりよくない人に

沢山の夢や強力な夢を見させたら

また混乱するだろう。(笑)

 

だから、心はちょっとずつ

記憶を解放し少しずつ

夢の中で感情を感じる経験を

させてくれているのかもしれない。

 

思ったのは

解離性健忘の人には「マインドフルネス」は

おそらくできない。(笑)

 

なぜなら、解離性健忘の人は

人と関わらない時以外は

常時「マインドフルネス」状態のようなものだからだ。

 

特に、何も思いつかない。

特に、何も思考が出ない。

 

寒い。暑い。

美味しい。まずい。

面白い。つまらない。

楽しい。怖い。

安心。不安。

 

これぐらいだ。

 

今の日常はだいたいこの感情が

周期的に回っている。

 

だから私には「上司が嫌いで~」

みたいな思考は今はないし

とあるラフターヨガの先生みたいに

「靴の裏が見える」みたいな記憶も

出てこない。

 

おそらく記憶や思考を

心がせき止めているからだ。

 

で今の自分には

それでいいんだと思う。

 

ある人も言っていたけど

私が今やっているワークは

「疑念」や「疑問」が出てきて

当たり前。

 

だからその疑念や疑問に

「囚われず」

日々、伸びやかに

生きていければ、よし。

 

仮に「囚われても」

「囚われちゃった」でよし。

 

どちらにしろ、よし。

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