バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

自分は生きている資格がないと思ったり、かと思えば勃起したり

前回、自己紹介で自己啓発

スピリチュアルとは違うブログである

と書いていた自分は

昨日、阿部敏郎さんの

一瞬で幸せになる

「いまここ塾」の教え

という本を読んでた。(笑)

 

「あの世に聞いた

この世の仕組み」でも有名な

雲黒斎さんとタッグを組んでいる人。

 

いやいやいや。

 

決して「悟り」とかに興味があるわけじゃないよ。

 

ただね、この人の本面白いの。

 

そういうのを抜きにして読む手が止まらなかった。

 

その中でもあるキーワードが気になった。

 

それが「自分は生きている資格がない」

というもの。

 

「自分は生きている資格がない」

というのは、いわゆる「無価値」感のこと。

 

自分には価値がない、自分は何もできないなど

の思考が渦巻く感覚。

 

これは言われてみると

自分にもあることに気づく。

 

漫画「NARUTO」に出てくる

ブランコのワンシーンにではないけど

ナルトの周りの人は親兄弟もいて

成績も優秀な一方

自分にはそれがない、と

つくづく思い知らされる。

 

あのシーンほど強烈なシーンはない。

 

どちらかというと「心の闇」は

ライバルである「サスケ」の方が深い

と思われがちだけど

ナルトはナルトで充分

どん底を経験している。

 

ナルトとサスケ、どちらがより深い「闇」かを

比較するのはナンセンス。

 

どちらが「自分にとって」印象的だったかが問題。

 

で、話を戻すと

自分も同じように「生きている資格がない」

とたぶん、今も心のどっかでは思っている。

 

それはいじめという体験だけではないと思う。

 

おそらく、幼少期に感じていた

「無力感」みたいなものが

積もり積もった結果

それにさらにダメ押しするかのように

いじめられたことで

「生きている資格がない」という価値観を

作り上げたのではないか。

 

というのはあくまでも原因論

 

そういうことも視点としてはあっていい。

 

ただ、そうでない現実もある。

 

たとえ、幼少期に「無力感」を感じて

なおかついじめられたとしても

「自分は生きている資格がない」

という価値観を作り上げない人もいる。

 

で、こういう思い込みは

外した方がいい、と言うのが一般的だ。

 

だけど、自分と同じく

なかなか外せない人もいて

それはそれで仕方がないと思う。

 

だって、外せないんだから。

 

自分で「自分は生きている価値がある」

と思い込もうと思ったって

「自分は生きている資格がない」の

価値観が自分のゆずれない思いに

なっているわけだから

どかそうにもどかせない。

 

ただどんな人もそういうことを考えないで

幸せになることはできる。

 

それが「いまここ」の感覚。

 

言い換えれば、頭空っぽの状態。

 

「いまここ」における瞑想は

どんな形であれそれが可能。

 

たとえば、味わう、聴く

触る、嗅ぐといった行為は

どれも過去でも未来でもない。

 

「過去」は「過ぎ去って」いるから「過去」。

 

「未来」は「未だ来ない」から「未来」。

 

こういう体験をしている時

私は「いまここ」にいる。

 

もし「いまここ」を感じてないとしたら

あなたは今、過去か未来の世界

つまり頭の中の妄想の世界にいるということ。

 

「自分は生きている資格がない」も

その一つ。

 

ワンピースに出てくるニコロビンは

最終的に「生ぎたいっ!!!!」と

仲間であり自分自身に言うことで

自分自身を救うことになった。

 

それは、ロビン自身が

過去や未来に生きるのではなく

「いまここ」のために生きようとしたから。

 

「いまここ」って自分もそうだったけど

分かってても実行しないところがあるんだよな。

 

でも「いまここ」が分かるようになると

「生きている資格がない」と

思っている時の方が「変だ」ってことに気づける。

 

f:id:remone-dox:20180112193856j:plain

(最近、気づいたのは勃起ってのも

「いまここ」の感覚なんだよね。だから不能とか

インポテンツの人って「いまここ」を感じる力が弱いんだと思う。

自分や村上春樹の主人公が一時期そうだったように)