ターマーエッセイ

一切が無関係

亡骸になるまで~「だらけるからだ」

「振動法」という運動をやっていると

右ひざが痛み出す「Rigo」です。

(詳しくは「レノンリー」で検索w)

 

調子はいいけど、身体の不調は

出てくる。(笑)

 

昨日も昼寝タイムで

特に腕を下にして寝たわけではないのに

左腕が痺れるという事態。

 

うーんwこれは好転反応なのか?

 

わからんな。

 

さて、今日の

タイトルは「亡骸になるまで」。

 

曲のタイトルにしてもいいぐらいだ。

 

「亡骸」っていうぐらいだから

死んだあとの肉体は「から」っぽ

のようなんだろう。

 

うん?じゃあ、生きている間の「からだ」は?

 

そう。「から」だ。

 

これはギャグではない。

 

「ゆるゆる」体操を(野口体操)

教えてくれた「瀬戸嶋充」先生が

ブログで言っていたことだ。

 

といっても、自分の身体が

「から」であるということは

実感として持つのはムズカシイ。

 

私自身もよく分かっていない。

 

でも「からだ」という言葉と

「から」だという言葉が

全くの無関係であるとは思えない。

 

「からだ」という言葉には

さらに不思議な文字が隠れている。

 

それが「からだ」を反対から読んだ時

「だら」ってなることだ。

 

瀬戸嶋先生は「からだ」は

「水の入った水袋のようなもの」

とも言っていた。(たぶん)

 

からだ自体は、突き詰めるところ

「液体」なのだ。

 

その証拠に「血」も「だらー」って流れるだら?

(いちよ、ギャグね?)

 

偶然と思うかもしれないけど

(今、思いついたけど)

からだは「だらける」ことを

望んでいる。

 

これは「怠ける」とか

「怠る」(おこたる)とは違う。

 

からだの「赴くまま」に動かすということだ。

 

からだのいく方いく方にいく。

 

逆にからだが行きたくないと思う方向へは行かない。

 

それが「だらける」の本位。

 

その違いの見極めは簡単である。

 

「怠けている」時は、理由や言い訳が

ついている。

 

「学校いきたくないから」

「仕事にいきたくないから」

「通勤・通学したくないから」

「人間関係が嫌だから」

 

一時期的にはいいかもしれない。

「逃げて逃げて逃走することで」

見つかる世界もある。

 

ただこれだけでは自分の世界は広がっていかない。

 

「だらけ」の場合

「だらけたい」から「だらける」のであり

何もしなければ「だらけられない」。

 

というか、何もしないというのも

実は何か根拠があってしている人がいる。

 

かくいう私もそうだ。

 

本来は「からだにいいからする」のではなく

「だらけたい」から「だらける」のだ。

 

勘違いするな。これは「やる気なし」とは違うぞ。

 

「だらけたい」のは

日頃、緊張しているから。

 

緊張すると自分の声が聞こえなくなってくる。

 

逆に「だらけている」と

自分の声が聞こえるようになってくる。

 

そして「だらけ」と「集中」は

両立する。

 

からだがだら~っとしている時は

集中力が高い。

 

逆に「今日もこの繰り返しか」と

思っている時

すなわち「思考」で考えている時は

集中力が低い。

 

これはあくまで私の実感だ。

 

また、からだは寒くなっても緊張する。

 

この時期、街の群衆の人達は

さらにからだを固めているように思う。

 

こういう時こそ「だらけ」が必要。

 

加減がムズカシイのは

「だらけ」も一歩間違えると「怠け」になる。

 

だから「だらけたい」時だけ

「だらける」ように。

 

睡眠はきちんととりたいとか

朝、起きられないのであれば

そういう仕事ではない「仕事」をすること。

 

わざわざ、満員電車に揺られて

「不快」感を味わう必要はない。

 

だらけている人「だらけ」になった世界は

とても、素晴らしい世界である。

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(これは、だらけの格好の例だ。)