バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

関係人口をつなぐ概念①「空地のストーンサークル化」(別に新しくも何ともない)

ここんところ、失敗続きで

しょんぼり&怒りが続いている

「Rigo」です。

 

今日も、国立でやっていると噂の

「0円ショップ」に母親と(?)

行ってきたのだけど

日にちが間違っていた。

 

母親から「詐欺!」などと軽く罵られ

こちらは返す言葉もなかった。

(正確には、言い返す用の

「言葉」が即座に出てこなかった)

 

以前にも、気流舎や早稲田にある

DIYバーの「あかね」に御邪魔したことはあったけど

この「0円ショップ」の存在は知らなかった。

 

鶴見済さんとその仲間たちが

始めたらしいのだけど

わいわいやっていて

楽しそうだったので惹かれた。

 

鶴見さんは、勝山実さん経由で知っていたぐらいで

(勝山さんは「安心ひきこもりライフ」などを出している)

どういう人だかはよく分かっていなかった。

 

ちょっとバックで流れている音がうるさいけど

この動画は鶴見さんがどういう人か少し分かる。

 

www.youtube.com

 

公共の空間である

「路上をもっと有効活用しようぜ」

という考えには共感する。

 

私は大学時代から「フリースペース」や

「空き家」問題に関心があったけど

「これ、使わないと損じゃん?w」と。

 

その問題意識から延長線に

「路上などの有効活用」は考えていたので

こういう風に考えている人が

上の世代にいるのは率直に言って嬉しい。(*'ω'*)

 

今の話と関係するかは分からないけど

最近では「関係人口」という言葉があるらしい。

 

日本の人口減少が明らかになったことで

各自治体が「移住」などで

パイの奪い合いをしている中で提唱された概念。

 

要は、この言葉は、地方や自治体に

関わる人口、ということで

正直、私は「こんなもん、

頭の中では大学時代から考えていたわ!w」

と「当たり前」感が強かった。

 

今までは、シェアハウス・セカンドハウス的な

「家」的な話が多くて

私はついていけなかった。

 

理由は簡単。私自身が

家に人を招待して「遊ぶ」力がないから。(笑)

 

そうはいっても、野宿組のような

「サバイバル」的な力も持ち合わせていなかった。

 

そして、更にいうと、インターネットを

使いこなすほどの「気持ち」や「情熱」もなかった。

 

唯一、自分にあったのは、色んな地域に行って

色んな人達と「関わりたい」という欲だけ。

 

しかし、残念なことに上記の力が不足している

自分には自分の人生の「光明」が見えてこなかったし

はっきり言うと「関係人口」という言葉を知った今も

あまり見えていない。

 

たとえば、自分は色んな地域の場所を回るのが好きなのだけど

それはただの「点」に過ぎなくて

「ひとりぼっち」が単独行動しているようにしか見えない。

 

そして「人と少しでも関われれば」

楽しいのだけど

ただ地域を「見て」家に帰ってくるのは

今はもう「飽きてしまった」。

 

つまり「観光」はもういいのだ。

 

デイケアの友人のひとりには

「沢山の人数で集まって

しゃべりながら

色んな場所を練り歩きたい」と

自分のやりたいことを伝えたことがある。

 

彼は「面白そうですね」と言ってくれた。

 

彼は私より「足腰」が強く(笑)

歩くのは好きだし得意なのだ。

 

そういう意味では、今の私は

観光もするけど、それ以上の何かをしたいと

感じている。

 

それこそ「関係人口」につながる

「概念」はないか探している。

 

居場所をカフェや家に求めないところを考える辺り

私の考えていることは他の人達と

若干違うのかもしれない。

 

「限定された」場所「だけ」を

「居場所」にする。

 

それは私の目線からすると

妥協の産物に見える。

(悪く言っているつもりはない)

 

私は一回だけ「3・11」のデモに

参加したことがあるけど

これに参加した時の感想は

「一体感ねぇな・・・」だった。

 

これ以来「社会運動」というものに

若干のネガティブイメージがついた。

 

私はこの時

「世の中を変えられるとしたら

運動である必要はないのかもなあ」と思った。

 

それこそ、震災直後でてきた

「~から~まで歩く」

「~キロウォーキング」とか

そっちに光を見る。

 

ただその「企画」や「プラン」が

ただ歩いて喋るだけでも面白いとは

思うのだけど

それでは「新規性」がないといえばない。

 

私は、縄文時代にロマンを感じることもあり

ストーンサークルなど

「日本列島」にあったとされる「文化」を

「路上」に再利用できないか、常日頃考えている。

 

今は「空き地」が増えているという。

 

そこをストーンサークル化してみるのは

どうだろうか。

 

まちを練り歩いた後は、

ストーンサークルに行き

焚火でもして談話する。

 

そのあとは各自解散。

 

公園で喋るのでも別に

構わないのだけど

「自分たちの手」で作るという意味では

ストーンサークルのような場所の方が

いいのではないかと考えている。

 

ちなみに「ストーンサークル」で

検索すると「レイライン」について

書いている人もいて

古代ロマンを感じずにはいられない。(´Д⊂ヽ

 

昔の人たちは何を思って

こんなものを作っていたのだろうか。

 

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