バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

「気持ちいいからだ」と「我慢するからだ」

ここんところ

マジメな「本」の紹介記事が

続いたので、今回は気楽な記事を。

 

ネット見ていると、思うんだけど

世の中的に言われる「ヤリチン」や「ヤリマン」

というのは、二種類いる。

 

一つ目が、いわゆる「やった」「経験自慢」

したい人達。(変換したら、死体人達と出たw)

 

形はどうあれ「童貞」や「処女」を捨てれば

自分に箔がつくじゃないけど

価値が出ると「社会常識」に

思い込まされて実行に移す人達。

 

こういう人達は、通常揶揄される。

 

「ただのヤリマンだろ?」とか

「ヤッたら、捨てるなんてサイテー」とか。

 

私の知っている範囲でもこういうことは聞く。

 

ところが、多くの人達はこの「上」がいることを知らない。

 

それがもう一種類の「ヤリチン・ヤリマン」だ。

 

この人達は「性欲」というものを大事に扱っていて

する・したい相手を尊重する。

 

相手はもちろん、気持ちいいと感じ

その人達に「惚れて」しまう。

 

私がネットサーフィンをして知ったのは

今述べたもう一種類の「ヤル」人達だった。

 

面白いことにこういう人たちは

「ナンパ師」や最近ニュースで取り上げられた

「酔わせて、ヤる」みたいな低俗な話はしていない。

 

非常に「真面目」なのだ。

 

書いている文章から、どういう人間だか透けてくる。

 

ただ性的な面でみれば

「ヤリチンであるしヤリマンである」と。

 

この二種類の違いにしろ

たぶん「性」が世の中でオープンに話されない理由の一つには

男女とも「異性」と「気持ちよく」

「交わった」経験がほぼないからなのではないか。

 

「刺激」(俺の場合「しげき」と変換すると

「茂樹」が出るのは、哲学本を読んでいたからw)的な

快楽は経験している。

 

それは、自慰、手淫、自得、マスターベーションという形で。

(私は未だに「オナニー」という表現を口にしたことがない。

他の刺激行為の言い方はすらっと言えるのに。嫌悪感半端ない)

 

しかし「ひとつになる」とか「一体になる」とか

そういう意味では経験していないのではないか。

 

「今日は君と、一体化したい」というセリフは

まず、恋愛のシーンでは出てこないだろう。

(「キスしてもいい?」ぐらいならあっても)

 

ただし、これ以前の問題として

男女同士で「気持ちよく」なった経験がないのは

私の解するところ「気持ちがいい」と感じる

「からだ」を作ってないことによる。

 

「病気」はもちろんだけど

スポーツ系の男女であっても

「気持ちいい」と快感を感じる「からだ」を無視し

「我慢」して「頑張る」「からだ」を

作っている人たちもいる。

 

そうすると、以前紹介した日大アメフト部のようなことが起こる。

 

今回マスメディアでは「気持ちいいからだ、我慢するからだ」

というワーディングでは、スポーツについて語られていなかったのが

とても残念なこと。

 

前の記事ではとりあげなかったけど

本当はこの点が最重要だと思っている。

 

内田樹さんの言葉を使えば

「自分の生命力を賦活するものにすり寄り

自分の生命力を減殺するものには近寄らない力」

 

この力を高めることこそが

(できる人はできるんだけど)

スポーツ界隈や生き辛さ界隈での

喫緊の課題なんだけどな。

 

内田さんによれば、この判断はシンプルで

その人と話していて「お腹がすくか?」

あるいは「その日、よく眠れるか?」だそう。

 

そう考えると、私は日大監督と一緒にいたら

「不眠」になりそうな気がする。

 

身体で考える。

身体で考える。