バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

女性にのみ肩をぶつける男の動画を見て考えたこと。「モテる」「モテない」という区分けは存在しない。戦後日本の実力主義の台頭が生んだ言い方

ツイッターでは

「女性にのみ肩をぶつける男」

という動画が話題になっているらしい。

 

このことに関して

はてなブログで記事化している人も

いたけど、どうも少し違うのではないかと思った。

 

その人のブログには

リア充」にも「非リア充」にもなれなかった人の

「どうしようもない気持ち」がその行動に

移る結果になったのでは?、と書いてあって

「うーん、それだけじゃない気がするし

それよりももっと強い要因があるのでは?」と感じた。

 

二つほど、視点を用意してみよう。

(私はあの動画を撮影した人が誰なのかも

違和感があるけど)

 

一つは、あの男性が「肩」をぶつける行為に

至った「経緯」「背景」は何か?ということ。

 

もう一つは、この問題は何が問題なのか?

ということ。

 

一つ目から考えてみよう。

 

私の推測する限り、舞台となっている場所は

「新宿」という人がごった返しているところだ。

 

もちろん「新宿」以外にも、人がごったがえしている場所は

東京なら数知れないのだけど。

 

で、この男性、普通の人からすると

「地方から上京してきた、ちょっとヤバい人」と見るけど

バイアスのかかっている「私」からみると

東京生まれの可能性がある。

 

「地方から上京してきた人」は、意識低い系にしろ

高い系にしろ、東京色に「染まり」

そこで「適応」する可能性が高い。

(適応できない人は地方へ帰る)

 

このような行為はまず、上京民では

見られないと思っている。

(大学時代の記憶を思い出すと)

 

さらに具体的にいうと「東京/多摩」で区分けするなら

「東京」系の人ではない気がする。

 

都心部に住んでいる人はもちろん

「格差」はあるけど、情報的には

美味しいお店やブランドのお店など

色々なサービスが受けられる。

 

私たちのイメージでは「都会」は

「攻撃的」な人が多い、と思っているけど

「東京(都心側)生まれ」の多くは

その環境上、抽象的ではあるけど

「やさしい」人が多い。

 

だから、私からすれば、これは

「東京系」の人ではなく「多摩系」の人が起こした

事件なのではないかはと思うのだ。

 

多摩は、もちろん地域差はあるけど

その「田舎」度からいうと

都心部にあるお店は少ない。

 

それが多摩の良さでもあるけど

東京の都会の人たちと実際に会った時の

インパクトは大きいだろう。

 

私が思うに、これはツイッターでやられている

「ミートゥー」運動におさまらない

男だけではない男女両方の「生き辛さ」の問題だと思う。

 

これは「異性」の言葉や言動で「傷ついた」経験のある方なら

少し分かってもらえると思うのだけど

異性の言葉や言動で「傷つくと」

それが「人格否定」だと「思い込み」

逆に振れる場合がある。

 

男だったら「男らしく」「マッチョ」に。

 

女だったら「美人」「可愛く」に。

 

ネットで、あれほどマッチョ動画や

美人になるための動画が上げられているのも

実はこの「傷つき」体験からくるもの。

 

分かっている人なら分かると思うけど

その人を好きになるのは「男らしい」からでもなく

「可愛い」からでもない。

 

その人といると「楽しい」からである。

 

こんな単純な理路が若い人には分からない。

(大人も分からない)

 

しかし異性からの「人格否定」を受けたと

「思い込んでいる」人は

「変わらなければ」となり、どこへ向かうかといえば

男ならマッチョ。女なら美人や可愛いなのだ。

 

決してその努力が無駄だと言っているわけではない。

 

ただ、そんな努力をしなくても

あなたのことが好きな人は世の中にはいるよ、

ということなのだ。

 

この男性はそこに気づけなかった。

 

たぶん「草食系」的なことをバカにされて

傷ついたのだろう。

 

「オラオラ系」「イケイケ系」

「少女漫画に出てくる、壁ドンのようなことをする男性」

が「異性」からは「モテる」と思ったのだろう。

 

この男性の問題点があるとすれば

「好かれる」と「モテる」をごっちゃにしていること。

 

私は、小学生の頃「女の子」たちから

「好かれて」いたけど、モテてはなかった。

 

私は、そういう経験をしているから

その二つは違うということが分かるのである。

 

で、自分が思うに「いい人」でいいじゃないか

と思うのである。

 

よく「恋愛強者・弱者」理論を展開する人がいる。

 

ただ、街中を見ても「この人、モテるんだろうな」

と思う人は、私の目が節穴なのか見かけない。

 

だから、燃えるかもしれないけど

この男性のために、そして自分のために

はっきり言っちゃおう。

 

「モテる」「モテない」という区分けなど「存在しない」。

 

これはただ「戦後教育の幻想」であると。

 

「恋愛」を否定しているわけではない。

 

「そんなはずはない。モテている人は

いるじゃないか!」

 

「どこに?」

 

「ネットに。」

 

「実際にリアルで見たことあるの?」

 

「ない」

 

「なら、その実態が本物かどうかは

分からないんじゃない?」

 

「そうかな~?」

 

「それに「モテる/モテない」という区分け自体

「モテる」人から仕掛けられていることは

気づいている?」

 

「よく考えればそうですね。術中にはまってました」

 

「よしよしヾ(・ω・`)」

 

ということで、酒好きの構造と同じなんですね。

 

今思いついたけど

うちの家庭の品の良さで何がよかったかといえば

「モテる」なんていう言葉が「存在しなかった」ことである。

 

これは、何も「モテない」人たちの

ルサンチマンではない。

 

単純に「モテる」「モテない」なんていう言葉は

人間の重要の要素ではないと直感的に

知っていたのである。

 

それを言葉に無頓着な人たちが

「モテる/モテない」という区分けを作った。

(おそらく、昔貧乏で今はお金持ちになった人とか)

 

もちろん、私でさえ「魅力的」な人がいることは

知っている。

(私が人のイイトコを見ているせいもあるけど)

 

しかし「魅力」と「モテ」は=ではないと思う。

 

実際「この人は魅力的なんだけど、モテないかもな」

と人は私の周りに割といる。

 

話がズレてきたけど、そういうことだ。

 

今回の件で、異性間に対する「嫌悪感」が

「増幅」しないことを願う。

 

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