バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

「人を疑う力」という言葉のイメージがキツイなら「人を怪しむ力」でどうだ?

「人を疑う」という言葉が

誤解されているのではないかと思う「Rigo」です。

 

「人を疑う」というと

「何か」「マイナスなイメージ」として

言われることが多いよね。

 

「常識を疑う」なんてのは

東進ハイスクールの某予備校教師が

テレビのCMで言っていたけど

「人を疑え」なんていう人はいなくて

私は「なんでなんだろう?」と思った。

 

「なぜ、そういう人はいないか」は別として

「人が言う事を鵜呑みにしない」という意味では

「人の【言う事】を疑ってみることは

重要じゃにゃい?」

 

ライアーゲーム」で盛んに言っていたじゃん?

 

「疑え」って。

 

これって「人間不信になれ」ってことじゃないよ。

(人の目を気にする人は、そう思うかもだけど)

 

そうじゃなくて

「人の言っていることは、本人でさえ

「思い込み」に気づいていない時があるから

聞き直した方がいいよ」ということなのだ。

 

それを、日本語の動詞にすると

「疑う」という動詞になってしまうから

私は問題だと思う。

 

そこで、私は「怪しむ」という動詞があることが

気づいた。

 

「妖怪」という言葉は

妖怪ウォッチ」が出るまで

「廃れていた」ことをひた隠しにする「ゆとり世代」だけど

(ホラーゲームで「怖い!!」とかは言っていたけどねw)

「怪しむ」という能力は日本に住んでいた人が

昔っから持っていた大切な「動詞」の一つである。

 

人の言っていることを聞いて「何か怪しいな~」

と思う事。

 

非常に大切である。

 

私は今後丸山真男が言っていた「廃語」

今でいう「死語」になりかけている「動詞」を

ピックアップして記事化するつもり。

 

次回のテーマは「メール文化論ではまず言われない

メール文化によって失われた

【言葉を届ける】意味あいの喪失」

 

ちなみに「ライアーゲーム」は読んだことはないですけど

高校生だった時ドラマはめちゃ面白かった。

 

あの「秋山」の演技と「キノコ」の演技は迫真である。

 

LIAR GAME (1) (ヤングジャンプ・コミックス)

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