バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

統合失調症の症状である「幻覚」という「火」を哲学する。「幻覚さんが熱いよぉ熱いよぉ( ;∀;)オーバーヒートしてるよぉ」

ちょっと、今回から

少し文章スタイルが変わっていくと思うので

そこんところはお手柔らかにお願いである。

 

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「まろ」は昨日の夜

父親に「アクセス数」について

相談をしたのでおじゃる。

(「伸び悩み」困っているのが理由)

 

色々話した結果

見えてきたのが父親いわく

「まろ」の病気の一つである

統合失調症」をネタにして

文章を書いてみたらどうか、ということであった。

 

たとえば「3つ」の人格を使って

文章を書いたり。

 

今のところ「統合失調症」で

多くの人から共感を得た本は日本に存在しない。

 

だからそのワードで共感を得られれば

「アクセス数も伸びるのではないか」

という考えが「まろ」の中に

浮かんだのである。

 

統合失調ブログを書いている人達には

悪いけど、どれも日々の日常を

書いているだけで読んでいて「まろ」は「面白くない」。

 

一言でいうと「ユーモア」がないのである。

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たとえば「ひきこもり三国志」という言葉を

世の中に生み出した「勝山実」さんの

著書「安心ひきこもりライフ」では

両親と家で生活することについて

ユーモアを交えて話している。

 

今見たら、レビューで辛辣なことを書いている人もいるが

「まろ」は「勝山」さんの文章術に見惚れて

「げらげら」と大笑いしてしまった。

(「ママンズブランドなど」)

 

(〃艸〃)ムフッ

 

 

たとえどんな逆境にあろうとも

人と違う視点で見たら「面白い」というアイデア

持っておくと、安心できると思った本。

 

最近、「まろ」は「継子いじめ」ではなく

「息子いじめ」というネタを

思いついているのでいずれ書こうと思っている。

 

深刻にならないこと。

 

深刻になったら、すぐ切り替えること。

 

切り替えられなくても自分で自分を責めないこと。

 

この心構えは大事であるよ。

 

さて、今日の本題。

 

統合失調症ネタである。

 

今回は「幻覚」を取り扱うでおじゃる。

 

まず「幻覚」の種類は人によって

違うらしいのだが

「まろ」はとりあえず

「自分を不快にするイメージが浮かび続ける」

ぐらいの定義にしておく。

 

そういう点では「幻聴」と同じでおじゃる。

 

なぜ、これが問題視されるかと言えば

その「幻覚」に「囚われる」からである。

(悪いとは言ってないでおじゃる)

 

たとえば「まろ」の周りに

三体のポケモンたちが見えるけど

私にとってこのポケモンたちは

ルカリオジュナイパースイクン

スイクンは朝起きると、外の世界を綺麗にするため

外出しているけど。そういう設定)

「想像」であり「快」なので

全然、苦しくない。

 

ところが、多くの「幻覚当事者」の人達は

その反対なので「苦しくなる」。

 

ゴルゴ13よろしく、スナイパーが遠くから

自分に銃を突きつけているイメージが出たり。

(「まろ」もこのイメージは大学時代あったし

今も、路上に不自然に止まっている車を見ると

名探偵コナンの「黒の組織か・・・?」と

緊張が強くなるwこれ、マジです。)

 

で、いちおう「まろ」は「仏教徒」ではなく

「哲学」の人なので

「哲学的」観点から見ていくと

「目に見えないものが

見えるとはどういうことか?」

と考えてしまうのである。

 

日本語はハイコンテクストな言語であると

言われるが、これが何を意味しているかというと

「まろ」が理解する限り

要は「幻覚」を見る人は「イメージ」力が

半端ないのである。

 

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そして、現実的に見れば

「ゴルゴ13」に狙われているなんてことは

ありえないのだが

そういう「飛躍」した「思考」をしてしまう。

 

これは決して「統合失調症」の人だけではない。

 

女の子の突飛な思考も、おじいさんおばあさんの話も

お母さんと子供の会話も似たことは起きている。

 

これが「ポジティブ」な方向に転がればいいのだが

だいたいの「幻覚」=非現実な妄想は

「ネガティブ」である。

 

そしてあえて「イメージ」に置き換えれば

その人は上記の効果音のように「火」がついている。

 

だから、統合失調症の人の中に

割と「水分」を「多め」にとる人がいるのは

「実は」そういう「妄想」に「火」をつけない点では

理にかなっている。(今、気づくw)

 

最初の火種を消すために「水」を「飲む」という

「行為」で、その「妄想」を「一時的に」打ち消すことはできる。

 

仏教的に言えば、こういう人たちの処方箋は

「滝に打たれる」とか「アタマを冷やせ」なんだろうけど

「まろ」はそういう「シンプル」な思考法だけでなく

(これも「水」を使ったやり方だから、面白い)

哲学的観点でもこの病気を見ていきたいので

今回はそういう風に書いてみたのである。

 

煩悩という言葉があるように

悩みは一種の「火」である。

 

その「火」がついていることを「自覚」したのなら

それを「鎮火」することが大切である。

 

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