バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

「喧嘩なら外でやってくれよ・・・」と母親に嘆いた七月一日の朝

今は、冷房の効いた部屋にいるから

落ち着いている「おとなし」。

 

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まろは、数時間前「気分が悪かった」のである。

 

なぜなら、両親が「口喧嘩」をしていたから。

 

ご存知かもしれないが

ニートの「両親」は「不仲」であることが多い。

 

言い方はよくないのだが

「両親」の「不仲」によって

「繊細」な子供がやむケースはよくある。

 

昔の言葉で「子は鎹」というものがあり

子供は父親と母親をとりもつことがあるのだが

成長するにつれて「人生に失敗」し

子供が落ち込むと子供が親に対して

「親の育て方が悪いんだ!」と言うこともある。

 

「まろ」の場合はそうなった。

 

それからというもの、両親は「不仲」である。

 

もちろん、昔もよく考えれば

表面上だけの「仲の良さ」であり

内面・内心はお互いへの「不平」「不満」があった。

 

しかし、息子である「まろ」が病んだせいなのか

それは分からないのだが

明らかに目に見える形で「険悪」ムードが

出るようになった。

 

強引に解釈すれば

「反面教師」として

「自立」を促すように

「家」から出たくなるように

しているのかもしれない。

 

が、一緒にいる「息子」からすると

とてもそうは思えない。

 

今は、母親が一方的に父親を

サンドバッグで言葉で殴るのだが

いずれ父親も「ブチ切れる」可能性だってある。

 

今は母親の言葉でのボディーブローに対して

父親は「ガード」で応戦しているが

はっきり言って、「何がしたいのか

さっぱりわからぬ」。

 

それにそういう喧嘩は、家で「うちの中」で

やるんじゃなくて「外でやれよな!」

 

思わず、口喧嘩が止まった時に

一階に降りて母親に言ったでおじゃる。

 

「頼むから・・・喧嘩なら外でやってくれよ・・・」と。

 

父親と母親の「外面のよさは」「異常」なのである。

 

外ではおそらくこういう姿は晒せないのである。

 

だが「まろ」は、ブチ切れた。

 

もう許さない。

 

今度「口喧嘩」して

飯をマズくしたり、朝の貴重な静かな時間を

壊すような真似をするなら「まろ」、闘う。

 

追い出してやる。

 

気分の悪い朝だったため、早々に家を出て

土手で「チービー」(チーズの空き箱で

フリスビー)を気楽にやっていた。

 

割と、風が吹いていたせいか

からだの力がぬけていたせいか

力を入れないでもけっこう飛んでいた。

 

汗をかきかき

箱をなげなげし

からだを使ったせいか

今は昨日ずっとあった「だるさ」も

なくなっている。

 

こんな形でチービーをやりたくなかったんだがな。

 

ニートやひきこもりの人達へ。

 

もし、両親が喧嘩していたら

「外でやってくれよ」とか

「表出ろや(正確には

「表でやれや」」とか言ってみるのも

いいかもしれん。

 

その後どうなるかはわからんがw

 

本当は「そんな喧嘩するなら別れろよ」

というつもりだったが

それは今回は封印した。

 

夫婦円満」という言葉は

どこいったんだ?

(どうせ、そんなもん理想だろ?とかいう人が

いるんだけど、なんのための理想だよ。

今の現実から少しでも近づけるためにあるんだろうが!

ボケェ!)

 

「まろ」は悲しいのである。