バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

ネットって、鎖国ビジネスだし、鉄砲伝来の文脈と変わらない

まろが00年代に感じていたことを

少し話してみよう。

 

まろは、小学生の頃

ネットに触れる機会があり

その頃は「ハローキティ」の

けろけろけろっぴい」の

ゲームをやっていたと記憶している。

(PCの時代)

 

あの頃、まろは検索を知らず

パソコンに入っている「ゲーム」を

やっていたと思う。

 

その後も、てーるずばとるにハマったり

ニコニコ動画にハマったりしたが

決してこれから世の中が良くなると

思ったことはない。

(ネットって、楽しいとは思っていたw)

 

そういう意味では、テクノロジーの進歩に

懐疑的だった。

 

世の中には「世の中はよくなっている」

という、斎藤一人さんのような実業家も多いが

まろは、ある面では

ネットに冷めていた。

 

テクノロジーうんぬんというよりも

ネットの出現自体に

「お金」の香りを感じたからだ。

 

お金が嫌いというより「お金が全てだ」

という価値観が気に入らなかったし

そのネット自体が、なにより

江戸時代でいうところの「鎖国」に感じたから。

 

外と、人と関わるのを控え

「家」にこもり、情報を「絶つ」のではなく

ネットに転がる情報を収拾する。

 

これは、自分の住んでいる地域から出ず

外からの「情報」を受けつけないのに等しい。

(そして自分の好きな情報だけかき集める)

 

「資本主義経済」の終わりが近づいてると

言われ久しいが

ネットは未だ「鎖国ビジネス」が横行している。

 

ただ、これはそういう国に入った人の「責任」でもある。

 

入ったら「閉じ込められた!」と言うが

地に足がついてる人からすれば

「おいおいおい。あの国は

国の見てくれからして、外部者お断り、

信者お招きの危ない国じゃないか」である。

 

あなたが、アダルトサイトで勧告を

受けたことがあるなら分かると思うが

ネットで「楽しい~w」と言ってる人ほど

「ネットサーフィン」に不用心。

 

で、当然ながら、そうやる人は

足を滑らせ溺れる。

 

騙されて人は学ぶという事もあるが

鎖国ビジネス」でお金をむしり取られるより

極力「ビジネスビジネス」言わない人と

親しくなった方がいい気がする。

 

この流れでいっちょ言っとくと

「ネット」って戦国時代の

「鉄砲伝来」と同じ文脈にある気がする。

 

「これ使えば強い」的なw

 

よく言われることだが

「ネット」は、人を殺す。

 

それは、言葉で人を傷つけるというより

ネットに「依存」させ、腑抜けにさせ

自分の思想&考えというものを

「骨抜き」にさせてしまうという点で。

 

だって、鉄砲があれば

身体的に「弱い」人でも人を狙えて

「引き金」さえ引ければ

人を殺せるんだよ。

 

これで「考える」ことが減るのは間違いない。

 

本来であれば小説とかで

「鉄砲の味」というタイトルで

人生狂った男の本とかあってもいいのに。

 

実際、歴史では習わないが

「想像する」に「鉄砲伝来」で

「人生が狂った人」は山の用にいただろう。

 

そういう意味では「ネット(鉄砲)」と

「宗教(教え)」は

相性がいい。

 

教えを布教するために

鉄砲という凶器を使い

弾(言葉)をバンバン打てばいいのだから。

 

でもまろが想像するにそういう

「怖い人」のところに、賢明な民衆は

近づかなかっただろう。

 

「怖い」んだから。

 

賢明な人が、ヤクザと「友達になりたい」

とは思わないのと一緒。

 

「怖いから」。

 

「傷つきたい」という人は知らないが

そろそろ、ネットというツールが

実は「目新しくない」ということを知る段階にきている。

(ネット自体は、目新しいよw

ただ、そこで「画期的」だと

言われている「言葉遣い」は、鉄砲の時代と

おそらく変わりない)

 

考えれば考えるほど

ネットの「嫌な部分」が見えてくるなあ。

 

話変わるけど「ヒトデ」さんの文章って

何が面白いの?ちやほやされすぎてない?

 

まろが未だに「ブロガー」を名乗りたくない理由は

見てきた「ブロガー」の「文章」に魅力を感じないため。

(ヒトデの旦那はその筆頭である)