バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

さくらももこがなんぼのもんじゃい!わざわざアニメで「リアリズム」を観たいか?

まろは「ちびまる子ちゃん」を

観なかった男である。

 

やっているのは知っていた。

 

観たこともあるかもしれない。

(その程度)

 

まろは、今でも根っからの

「アニメはファンタジーでしょ」

という価値観の持ち主なので

「なんでわざわざ、アニメで

リアリズムを観るの?」と思っている。

 

サザエさん」も同じ。

 

漫画という媒体で見るなら分かる。

(まろだって、漫画でリアリズム系のものが

読みたくなる時だってあるし)

 

基本的に私たちが「物語」に耽る理由は

「現実逃避」である。

 

辛い現実を一時的にでも忘れたい。

肩に力が入っているので、少し力を抜きたい。

 

実況動画もその類である。

 

「現実逃避」したいのにそこで見せられる

「現実」が「学校物」とか

「家庭物」だったら、辛くないか?

 

まろが、日曜七時のこれらの

アニメを見ても「?」だったのは

そのせいである。

 

まろは、日曜日

ストーリーに起伏のないアニメを見ないので

そこで感情が動くことはなく

「明日は学校か~嫌だな~」と思う時もあれば

「学校だ~。楽しみ~」と思う時もあった。

 

漫画もゲームも本も映画も

うちには「少し」しかなかったので

暇をつぶすこともできなかった。

 

今なら、図書館に行って本を借りて

読んでるかもしれないが

当時は「図書館に行く」なんていう選択肢はなかった。

 

何してたかというと

夜、「空想」に耽っていたのである。

 

「明日は~展覧会だ」とか

逆に「明日は、みんなの前で

喋らないといけない。不安だ」とか。

 

まろが住んでいた「限りなく田舎に近い都市」は

「情報」が少なかったのである。

 

閉鎖的な環境で唯一の情報源は

駄菓子屋においてある「コロコロコミック」であり

それを一か月に一回買う。

親から毎月もらう「500円」のお小遣いで。

 

「少年ジャンプ」は、小学生だったまろの「目」には

写っていなかった。

 

話がずれてきたが

大丈夫。着地する。

 

たとえば、古谷実の作品で

稲中卓球部」というのがあるが

あの漫画を「アニメで見たいですか?」

 

ファンタジーも実は「リアルだ」というのが

年齢を重ねて分かった事なのだが

大学生になるまでは、厳然とした

「リアリズム/ファンタジー」の境目があり

「ファンタジーこそ、アニメにする意味がある」

と思っていたし、今も思っている。

 

理由は最初にも述べた。

「現実逃避」である。

 

小さい頃は、目の前の現実(学校や家庭)が辛い。

 

それを一時的にでも忘れさせてくれる

「アニメ」は、ファンタジーのような空想がいい。

 

現実と向き合っているからこそ

逃げる時間も必要。

 

ここまで言っておいて、ちゃぶ台ひっくり返すが

まろが「リアリズム」だと思っていた

ちびまる子ちゃん」は、同世代でも

「リアリズム」と思ってみてない世代もいるんだろう。

 

それこそ「こんな世界があるのか~w」と。

 

そういう意味では、まろが生活していた学校は

ちびまる子ちゃんのような世界」だったのかもしれない。