バカの申し子「めくる」のでんぐり巡り

ラーメン、いっぱい(一杯)食べたい~♪食べているから、ハッピーさ~♪

ゴミとアートの「境」。

火ノ丸相撲」は

今日も大快進撃。

 

男と男の闘いっぷりが

何とも言えないでおじゃる。

 

そういえば、このアニメに出てくる

「三ツ橋蛍」という優男のキャラの声が

「誰かに似てる?」と思って考えたら

「あきそら」という、まろの大好きなエロアニメの

「そら」の声優さんに似てて

(まろ自身は、中性的ではないが

中性的キャラの絶倫アニメは大好物w)

この声優は、テニスの王子様の「不二周助」役の人だと

噂されているのだが

「その人かな~?」と調べたものの、違っていた。

 

蛍の声優さんも「中性的」な声のようだが

「あきそら」の「そら」ではなかった。

 

うーん、残念である。

 

当たっていると思ったんであるが。

 

久世の風格も「横綱」っぽいし

その内「ゲーム化」されるんでねぇか?

 

さて、そんなところで今日の本題。

 

ゴミとアートの「境」である。

 

まろはこう思う。

 

ゴミとアートの「境」目は

「カタチ」(形)であるか、ないかである。

 

たとえば、一点、ゴミが道端に落ちている。

 

人はそれをゴミだと思う。

 

しかし、たとえば、これが10個並んでいて

「カタチ」になっていたらどうだろうか?

 

たとえば、△に。

 

すると、人は不思議にもその「カタチ」に

「美」のようなものを見出すのである。

 

という発想が出てきたのは

ここんところ「泥」や「石」に興味があり

何か「遊び」を創れないかと考えていたからである。

 

たとえば

「泥サッカー」(タッカー。田んぼ+サッカー)なんかは

昨日思いついた。

(動画検索したら既にやってた人がいたがw)

 

あるいは「石」を並べて

ピカチュウ」のドッド絵みたいなものを創ってみたら?

というアイデアを思いついた。

 

今のところ、やっている人がいないので

まろがやれば開拓者として

その先陣を切れる。

 

そこで思ったのだが

こういうのも「カタチ」にするから

魅力を感じるのであって(あくまでまろだけかもしれんがw)

これが、乱雑に並んでいたらアートにならない。

 

よく、人に対して「ゴミ屑」とか言う表現があるのも

その人が「カタチ」になっていないからなんじゃ?

と思うようにもなった。

 

その人に核のある何かがあれば

こんなことは言われないのではないだろうか?

(もちろん、アートを「ゴミw」と言う人は

いくらでもいるが)

 

今日は、生憎地元の講座に出るのでできないが

明日辺り、川原に行って

ピカチュウのドット絵」を「石ころ」で

創って、YouTubeにあげようと思う。

 

今、ペットボトルのふたで

ピカチュウ」の「耳」に挑戦して

案外、面白いことに気づいたので。

 

田んぼアートや、石に絵を描くアートがあるんだから

石「自体」をアートにしちゃうのがあってもいい。

 

手始めに「ピカチュウ」。

 

ピカチュウ」自体は、昔

「写し絵」で、透明な紙を使って

「絵」を描いたことがあるので

たぶん、何も持っていかなくても創れるだろう。

 

ピカチュウを石で創るなんて初めてだから

どきどきするでおじゃる。