詩集
手の記憶で 位置を把握しながら あるいは 場所を忘れた商品は 推理を働かせながら 品出しに励む 接客においても お客さんの言葉から 連想して 答えを導きだせ
詩とは 数ある出来事や 言葉を 圧縮する表現行為だ ただ思う それは決して 言葉を潰すことではない 空き缶を潰すように 書いてはいけない あくまで 文字と文字の その余白で 伝えるのだ
そこに流れている時間 空気 そういったものを 受け取りながら ぼくは今日も 品出しをする ぼくの中に 流れ込んでくるものを 待ちながら
なぞるという名の 数稽古
取ったり 出したり 考えたり 動きながら ぼくは 少しずつ 自分を内側から 変革する
洗濯物を取り込むように その音楽を作った人達の 音楽の才の いくぶんかを 吸収していく
段ボールを持ち上げ ひとつひとつの重みを感じながら 自分に課せられた 重さそのものを知る 肉体を通して感じる この重みこそ 私が 歌に込めたいものなのだ
働くとは何か について考える時期から 働き続けるために どういうあり方が必要なのか と考えていく時期への移行
計り知れない力が 眠ったままだとするなら それを 揺り動かすのは ぼくらが やらなければいけないことだ
使えないというセリフは アーロンも似た形で言った リーダーも言った 俺のイメージする上司は 使っているようにさえ思う 三人とも 俺自身に言っているわけではない しかし 自分自身の人生を振り返ってみた時 使える人間になろうとしていた 正確に言えば 上の…
ぼくたちが 生まれ変わりを信じていないのと同じくらいに ぼくたちの 髪の毛は 抜け落ちて また生えている
品出しも 歌も また ピンポイントで 狙うという意識も 必要になってくる
今年は 障害者週間の展示で 詩を提出できなかった これだ と思うものができなかったのである でもそれで良い 多作乱造は もう望んでいない 書いても 手応えのない詩を いくら書いても 自分の人生の杖にはならないのだから
世の中が 貢献感を ことさら使うようになったら 私はそれを封印する 世の中が 幸せとは何か と問うようになったら 私はそれを封印する それは決して そのことについて考えないというのは違って 社会の圧力から 逃れると言うことである その圧の力を 逃がす方…
この木曜日の 寝るまでの 物思いに耽る時間が好きだ 明日は 仕事がお休みで 何か 準備をするために寝るという思いから 外れている こういう時 自分の中の考えが 動くのである
目の前の棚にある 商品を取り出す そして入れる そのオートマティックな 機械的な 反復にこそ 創造的な営みがあるとしたら ぼくは その部分を 揺るがせにはできない
最近 色んな夢を見る 左耳に指を突っ込まれる夢 日大の学生が 京王線に火炎瓶を投げる夢 昨日も なんだったか 不思議な夢だった
今までは ひとつずつ 段ボールを片づけていたけど 段ボールを 1ではなく 2というユニットで観る 出し方を試してみた これが思いのほか良く これから当分は このやり方で 品出ししていこうと思う
味噌の段ボールは 形が 特殊で 厚みがあるため 今まで 品出しした後の 段ボールを カット台に 積み上げては崩し 積み上げては崩していた しかし 三年目も終わる中で気づいた 横で カット台に置くのではなく 縦で ふたつ段ボールを並べる形に してみたらどう…
ごみを 週二回 まとめて出す その繰り返しを 二年続けてきたからなのか 以前よりも 言葉がまとまるようになった 何気なくしている この作業も 何か 意味があるんだとしたら
友とすべき人 みっつある ひとつは 何かを 自分に差し出してくれる人 言葉であっても 知識であっても 漫画であってもいい ふたつめが 精神科医 看護師 みっつめが 自分の経験から 洞察をもてるひと
松岡正剛さんの 262夜が良い 北大路魯山人も良かったが この人もまた 当時の文化人としては 別格だったのだろう
毎日 だいたい 一千万円前後の 売り上げがあると 店内放送であるのだけど ほかの店舗より 良いのかな
畳み上手だった おばあちゃんの力を借りて ぼくは 今日も 着実に 洗濯物を 畳む
洗濯物を 丁寧に 畳むことは 仕事で 在庫を バックヤードに片づける 終わりの時間を 見極めることにつながると 信じてやまない
セーフティーカッター 一本で 世界を 解体していく この腕を 磨き切った先にあるのは 希望か それとも
頭のスイッチを切る いったん 身体を使うことに 意識を持っていき その回路を 遮断するのだ
一時間半で 70枚近くの段ボールを片づける まだまだ 熟練度を上げられるかな
脚立を使った 上下運動の中に 人生の内実を観る
思想はあっても 哲学はない そういう人達を たくさん見てきた