水鳴の人声観~苦楽の中で

自分の中にある言葉を形にしています。最近のマイブームは、鷹揚に、ごゆるりと、です♪

三酔人経綸問答~南海先生は現実世界の地理をご存じない

丸山さんは、やっぱり難解さは否めないので、時々こういうのも挟んでみようと思う。

 

この小節では、南海先生という人が登場する。南海先生は生まれつき酒が大好き、また政治を論ずることが大好きな人である。世界の進路を示し、社会の方針を教え、思うには、「自分こそ人類の社会生活の指南車である。世間の政治的近眼者どもが、やみくもに羅針盤をにぎって船を操縦し、暗礁につきあたったり、浅瀬にのりあげたり、わが身にも他人にも禍をまねくのは、何ともお気の毒の至りである」と南海先生は言っている。

 

先生はからだこそ現実世界にいるものの、心はいつも「はこや」の山にのぼり、無何有の里をさまよっているのだから、先生の話す地理と歴史は、現実世界の地理歴史と名称が同じなだけで、事実はしょっちゅう食いちがいがある。もっとも先生の地理にも、寒い国もあり、暖かい国もある。強大国もあれば、弱小国もある。文明の社会があり、野蛮な社会がある。その歴史にも治まった時代があり、乱れた時代がある。盛んな時代があり、衰えた時代があるという風で、現実世界の地理歴史にぴったりすることも、時にはないではない。

 

先生の友人や、先生の人柄を聞き知った連中で、先生の酔っぱらったときの奇論を聞こうと思い、酒さかなをたずさえて、先生の宅をおとずれ、いっしょに盃をあげ、酔いが七、八分まわったころを見はからって、わざと国家の大事をきり出し、先生の説を釣り出して楽しみとするものが、時々ある。先生もこうした事情に多少は気づいているので、思うには「このつぎまた国家の問題を論ずるさいは、あまり酔ってしまわないうちに、話の要点をちゃんと書きとめておき、いつかまたそれを取出して議論を展開し、小さい本を一冊つくったならば、自分の楽しみにもなり、他人も喜ばすことができるかもしれん。そうだ、そうだ。」

 

近ごろ、なが雨が幾日もふりやまず、気分がうっとうしく、とても不愉快だ。たまたまある日、酒をもってこさせ独酌するうちに、はや、いい心もち、例の宇宙をあゆみゆく境地に達した。ちょうどその時、二人のお客が、「金斧」という西洋のブランデーをもってやって来た。先生は彼らに一度も会ったことがなく、姓名もしらないが、ブランデーを見ただけで、はや酔いが二、三分ましたような気がしたのであった。

 

ここまでが、第一節です。こうやって、自分で書いてみると、実際の原文は難しいですが、この訳の文章は読みやすいですね。読みたいかは別として、中学三年生でも読めそうな文章だ。それに兆民の文章はリズミカルで、書いていると気持ちがいい。

 

これから、民主主義者と侵略主義者の話が始まっていくのだけど、個人的には「金斧」というブランデーの「味わい」が気になった。

 

 

三酔人経綸問答 (岩波文庫)

三酔人経綸問答 (岩波文庫)

  • 作者:中江 兆民
  • 発売日: 1965/03/16
  • メディア: 文庫