水鳴の人声観~苦楽の中で

自分の中にある言葉を形にしています。最近のマイブームは、鷹揚に、ごゆるりと、です♪

誤解

「どうしよう。これ、どうしよう」

 

彼は拾ってしまったのだった。どういうわけか

拾わないわけにもいかなかった。

 

彼が拾ったのは「下着」だった。

それも女性用の。

 

たまたま、自分の住んでいるアパートの帰宅途中に

道に落ちていたのだ。

 

周りには、一軒家やら、アパートやらが点在する。

その日は、風が強く吹いており、どこの洗濯物も

片側に寄っていた。

 

彼は「この下着を放置するのもよくないだろうし

かといって、持ち帰って、また持ち主に返すといっても

どこの家だか分からないし、どうするかな」と考えた。

 

すると、遠くから人の気配がしたため

焦った彼は、自分のリュックサックに

落ちていた下着を入れて持ち帰った。

 

自己弁解するのも変ではあるが

彼は決して、下着に興味があったわけではない。

 

ただ、落ちている下着をそのままにしておけなかったのだ。

 

彼は、家に帰り、その日は就寝して

よく朝、下着を洗濯機に入れて洗って干した。

 

「まぁ、変に思われるかもしれないけど

一軒一軒回って、『落ちていたので

拾って綺麗にしておきました』と言うしかないよな」

 

翌日、彼は、仕事の帰りにいつも通っている道で

立ち止まった。

 

「でも、よく考えたら、このアパート、

三階建てだ。一軒家とこのアパートの全部を

回るのか。はぁ・・・拾わなければよかったかな」

 

彼は、気が滅入ってきた。なにより

女性ものの下着を拾ったので、ということを

この近辺の人に伝えるのが億劫になってしまったのだ。

 

そして彼は、また家に戻っていった。下着を持って。

 

彼はどちらかというと、くそがつくほど真面目だ。

 

真面目というか、物事を深く考えすぎてしまう傾向がある。

 

「そういえば、以前、下着泥棒で捕まった

お笑い芸人がいたよな。もしかして俺も

ああいう風になってしまうのかな・・・どうしよう」

 

彼の口癖は「どうしよう」であった。

 

「でもよく考えると、位置的に

あの一軒家以外から落ちようがない。

仕方ない。明日、もう一回行って

家を訪ねて見るか」

 

あくる日、彼は仕事帰りに

いつもの道を通り、一軒家の前で立ち止まった。

 

心臓はバクバク言っており、今にもはち切れんばかりだったが

とりあえず、ピンポンを鳴らす。

 

「どちら様ですか?」と女性の声がする。

 

「ええっと。この通りの近所の者です。

何と言うか、とても言いづらいことなんですけど

この道で下着を拾いまして、汚れていたんで

綺麗にしなきゃ、と思い、自分の家に持ち帰り

洗濯したんですが、もしかしてこの家のものではありませんか?」

 

女性はびっくりした様子で

「えっ!ああ!そうです。

今、取りに行きます!」

と言った。彼は、ほっと胸をなでおろした。

 

女性が出てきた。観た感じ、30代ぐらい女性なのだろうか。

 

「すいません。たぶん、あの時の風で

飛ばされてしまったんでしょう。

よかった。妹がわめていたんですよ。

『下着がいちまい無いよ!泥棒だったら

最悪!』って」

 

「妹さん?ああ、姉妹で暮らしているんですか。

はい。ではこれ、渡しておきます」

 

彼は、その女性に下着を渡した。

 

「よかったら、あがっていきませんか?

せっかく、大事なものを守ってくれたので

そのお礼に」とその女性は言った。

 

「ありがとうございます。でも、いいんでしょうか?

ぼくみたいな冴えない人間があがって」

 

「なにを言っているんですか。

さぁさぁ」女性はそう言って

彼の背中を押しながら、家へ招き入れた。